南日本牛乳南日本牛乳 デーリィ牛乳 (1)デーリィ牛乳 (1)
南日本牛乳

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市東中町2613
広島硝子工業製・180cc側面陽刻
昭和40年代初期
デーリィ牛乳 (1)

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市東中町2613
日本硝子製・正180cc側面陽刻
昭和40年代初期

デーリィ牛乳 (2)デーリィ牛乳 (2) デーリィ牛乳 (3)デーリィ牛乳 (3)
デーリィ牛乳 (2)

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市姫城町32-3
日本硝子製・正180cc側面陽刻
昭和40年代中期〜50年代
デーリィ牛乳 (3)

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市姫城町32-3
東洋ガラス製・正200cc側面陽刻
昭和40年代中期〜50年代

デーリィ牛乳 (4)デーリィ牛乳 (4)
デーリィ牛乳 (4)

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市姫城町32-3
日本硝子製・250cc側面陽刻
昭和50〜60年代

デーリィ牛乳 (5)デーリィ牛乳 (5)デーリィ牛乳 (5)
デーリィ牛乳 (5)

南日本酪農協同(株)
宮崎県都城市姫城町32-3
日本耐酸壜工業製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代

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ご当地ではデーリィ牛乳、全国的には炭酸飲料・愛のスコールでお馴染み、今や西日本一帯に営業網を巡らす準大手さん。日配の乳製品は九州ローカルの域に留まるが、中央資本の進出を迎え撃った農系メーカーとして事業基盤は固い。

◆宮崎・鹿児島の4組合で南日本酪農協同を発起

商い始めは昭和35年。宮崎県南部酪農協(南酪牛乳)を中心に、串間酪農協(51年脱退)、鹿児島県下の大隅酪農協、志布志酪農協の参画を得て、南日本酪農協同(株)の設立による。当初はそれでも零細規模、青色吐息の弱小プラントだった。

社長には、新工場建設の際に協力を仰いだ、地元出身の木之下利夫氏が招聘されている。氏は郷里を離れ関西酪農協同(毎日牛乳)の大阪工場長を勤めていたが、南日本酪農協同の立ち上げに呼応し、多彩な人脈で会社の前途を拓いた。

現行銘「デーリィ牛乳」の誕生は、時期不詳ながら昭和37〜41年頃のことらしい。同40年代後期まで、創始「南日本牛乳」も並行展開されていた。ビン製品は健在も、平成期にプラ栓+シュリンク包装の新瓶を導入、掲載のような印刷瓶は姿を消して久しい。

南日本酪農協同の製品集合写真(昭和37年?)
画像上:南日本酪農協同の製品集合写真(昭和37年?)…掲載の南日本牛乳(180cc多角瓶、普通牛乳・フルーツ・コーヒー共通)と、後段で紹介のデーリィ牛乳(200cc水色瓶、加工乳)の2種が見える。[60周年記念誌](令和2年・自刊)より。画像キャプションには「昭和37年当時」とあるが、本文記述ではデーリィ銘の誕生を昭和41年とされており、発売年を確定できなかった。

南日本酪農協同の製品集合写真
画像上:南日本酪農協同の製品集合写真(昭和53年)…掲載のデーリィ牛乳(3)(4)(5)番瓶が見える。かつては普通の白物・色物を「南日本牛乳」、濃厚系加工乳を「デーリィ」と分けていたが、全てデーリィに統一されている。レトロなカップサワーは今も現役。[60周年記念誌](令和2年・自刊)より。

◆奄美・大隅諸島縦断・島から島への工場経営

会社に鹿児島の組合が合流した結果、必然的に分工場は宮崎県外へも展開されていく。とりわけ離島設置の処理施設が多く、これは余所にない異例の体制だ。

名瀬工場⇒大島工場 (名瀬市、昭和40〜54年)
学校給食・一般市場対応のため、地元業者「美野牛乳」を買収して進出。
徳之島工場 (大島郡徳之島町、昭和48〜55年)
冬季の余剰乳対策として新設。
沖永良部工場 (大島郡知名町、昭和48年〜)
地元業者「知名食品」を買収して進出。平成初年「(有)南日本牛乳」となり直営から外れた。
種子島工場 (西之表市、昭和56年〜平成19年)
種子島酪農業協同組合連合会の処理施設・市乳事業買収による。
屋久島工場 (熊毛郡、昭和62年〜)
市乳処理のほか、天然水資源(屋久島縄文水のブランド展開)を見込んで新設。

その他、売上増加で新設した姶良郡の鹿児島工場(昭和41年〜平成2年)、鹿屋市に現役操業中の鹿屋工場(昭和44年〜)がある。最盛期は宮崎の旗艦工場を含めて計6工場が同時稼働。現在は都城・鹿屋・屋久島の3ヶ所まで整理が進む。

◆関連会社・ニシラク乳業と北海道日高乳業

関連会社も粒揃い。昭和62年、ネスレ日本(株)日高工場を買収、日高乳業(現・北海道日高乳業)を興し、北海道へ進出。巷間、社名の馴染みは薄いが、昔よく飲まれた缶入り牛乳(レシチン/ビタミン入)は、大抵このメーカーのOEMだった。

さらに福岡のニシラク牛乳さんがある。従前、同社の矢野社長と木之下社長の協力・協業を通じ、昭和61年には南日本酪農協同が西酪協同に資本参加、平成6年に筆頭株主となり関連会社化。「デーリィ」銘の共有や相互生産を行う。

◆掲載びん・各種ブランドについて

デーリィ牛乳(1)番瓶は、母体である南部酪農協(NANRAKU)の呼称を残す、草創期の一本。(5)番は200cc移行後の構え。真ん中にビッグな南日本、めちゃ力強い肉太ロゴ、壮大な地球儀のイメージで、飲む者を圧倒するデザインが秀逸。

遡って(2)番瓶は200cc時代の乳飲料/加工乳専用一合瓶か?同様デザインの200cc瓶も存在する。(4)番は堂々の250cc入り。珍しい小売単位で、デーリィ牛乳以外の採用は未見。森永ホモ牛乳・なかよしびんのような形をしている。

トレードマークは南日本の頭文字M、丸囲いがSouthのS、十字の鍵型を南十字星に見立てる構え。会社法人の設立時に廃止された、南部酪農協の独自ブランド「南酪牛乳」は、特集-農協マークの牛乳瓶に掲載。南日本酪農協同のルーツ的な銘だ。

◆鹿児島大学・郡元キャンパスの遺跡から

昭和45年、農林省が学校給食の牛乳を増量策定、全国的に180cc⇒200ccへ転換。しかし九州地方の諸メーカーはより早く、200cc化を進めていた。

下写真はNANRAKU表記の200cc水色瓶。昭和43年以降は当たり前の「要冷蔵」標示が無い。森永牛乳(10)番瓶と良く似たタイプ。デーリィ牛乳(3)番が後継にあたる。無調整の白牛乳ではなく濃厚系の加工乳、大ヒットを記録した往時の看板商品だ。

学内工事中に出土した昭和40年代初期の瓶鹿児島大学埋蔵文化財調査室年報22・23より詳細図
画像左:学内工事中に出土した昭和40年代初期の瓶…日本硝子の会社略号は底面打刻。
画像右:鹿児島大学埋蔵文化財調査室年報22・23(平成18・19年度)よりその詳細図。

写真は鹿児島大学・埋蔵文化財調査室様の撮影。農学部のゴミ捨て場だった所に埋もれていた古瓶。キャンパスが縄文〜古墳時代の遺跡上にあるため、工事の際は綿密な調査を行う。廃棄年代を調べる過程で「漂流乳業」もご覧頂いたらしい。

大学側が南日本酪農協同さんへ問い合わせた結果は、「昭和41年に使用、発売年・流通年は不詳」。好事家の見立ては以下の通り、後になって判明した事柄に照らすと、誤りも含んでいる。

(1) 「NANRAKU DAIRY」の標示から推して昭和40年代極初期
      それ以前は「南日本牛乳」、40年代中期以降は「NANRAKU」標示がないはず
(2) 要冷蔵標示がなく、また製瓶会社略号が底面にあることから昭和43年以前
      昭和43〜44年以降のビンには要冷蔵あり、底面には打刻がなくなる
(3) 商号のみ標示ではなく、「〜牛乳」を謳うことも43年以前の補強材料
      [表示公正規約]を受け、大半の会社は43年に商号のみ標示に切り替えた
(4) 計量法の規定瓶が180cc止まりの時代ゆえ、まる正マークの打刻がない

◆200cc増量展開の先駆け

昭和40年時点の九州乳業(みどり牛乳)の製品集合写真に、既に「みどりデカ牛乳」200cc瓶装のあること、また昭和30年代末には「180ccと200ccが入り混じっていた」(⇒関連:日鉄ミルク)との回想も見つかり、九州の早期増量は確実だ。

少なくとも福岡と宮崎、鹿児島は、全国に先駆けて200cc市場が成立した様子で、その萌芽は昭和33年頃まで遡る。「牛乳の消費拡大が叫ばれるなか、34年のメートル法施行を控え、製瓶業界が200cc瓶を試作中」と、酪農史誌に言及されていた。

― 参考情報 ―
南日本酪農協同・鹿屋工場の紙栓(1) (2) / 鹿児島工場(1) (2)
名瀬・屋久島・種子島工場 / (有)南日本牛乳(牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
優秀畜産表彰・H17年度・高千穂牧場 (宮崎畜産ひろば)
平成25年度熊毛地域の概況 (鹿児島県熊毛支庁)


■南部酪農協⇒姫城工場⇒都城工場
昭27> 宮崎県酪(宮崎牛乳)の都城支所(都城処理場)が
          宮崎県南部酪農業協同組合として独立
昭31〜34> 南部酪農組合/宮崎県都城市東中町2613
昭34> 姫城町に姫城工場を新設
設立> 昭和35年、南日本酪農協同(株)として
昭36> 南部酪農組合/宮崎県都城市東中野町2622 ※農協名義のまま
昭39〜44> 南日本酪農協同(株)/宮崎県都城市東中野町2613
昭46〜50> 同上/宮崎県都城市姫城町32-3
昭51> 高木町に総合基幹工場(都城工場)を新設・移転
昭51〜平13> 同上/宮崎県都城市高木町5282
電話帳掲載> 南日本酪農協同(株)都城工場/同上
                   宮崎県南部酪農業協同組合/宮崎県都城市下長飯町2351-2
公式サイト> https://www.dairy-milk.co.jp/ (南日本酪農協同)

■大隅酪農協⇒(旧)鹿屋工場〜(新)鹿屋工場
開設> 不明ながら昭和27年、大隅酪農協の発足と同時期
昭31> 大隅酪農業協同組合・神川義彦/鹿児島県鹿屋市白崎町6338-2
昭34〜36> 大隅酪農業協同組合/同上
昭39〜41> 南日本酪農協同/同上
昭42頃> 白崎町の(旧)鹿屋工場は閉鎖
昭44> 南日本酪農協同が笠之原町に乳製品工場として新設

昭46〜平13> 南日本酪農協同(株)鹿屋工場/鹿児島県鹿屋市笠之原町760-1
                   ※平成4年以降は牛乳工場としても掲載されている
平19> 大隅酪農協は県下5組合と合併し、鹿児島県酪農業協同組合となる
電話帳掲載> 同上/鹿児島県鹿屋市笠之原町1-67
                   鹿児島県酪農協 大隅支所/鹿児島県鹿屋市旭原町2894-6
公式サイト> http://www.kgo-milk.jp/ (鹿児島県酪農協)

■鹿児島工場
開設> 昭和41年、南日本酪農協同が新設
昭42〜43> 南日本酪農協同(株)/鹿児島県姶良郡姶良町西餅田掘込
昭44〜46> 同上/鹿児島県姶良郡姶良町帖佐
昭47〜平01> 南日本酪農協同(株)鹿児島工場
                    /鹿児島県姶良郡姶良町西餅田3370
工場閉鎖> 平成2年

■徳之島工場
開設> 昭和48年、南日本酪農協同が新設
昭50〜53> 南日本酪農協同(株)徳之島工場
                 /鹿児島県大島郡徳之島町亀津7115-2
工場閉鎖> 昭和55年

■知名食品⇒沖永良部工場⇒(有)南日本牛乳
開設> 不明ながら昭和43年前後、知名食品による
昭43〜47> 知名食品/鹿児島県大島郡知名町瀬利覚2088-3
昭48〜50> 南日本牛乳 沖永良部工場/同上
昭51〜平01> 南日本酪農協同(株)沖永良部工場/同上
平04> 南日本牛乳 沖之永良部工場/同上
          ※平成初年に「(有)南日本牛乳」へ転換、直営工場ではなくなった
平13> (有)南日本牛乳/鹿児島県大島郡知名町下城911
電話帳掲載> 南日本牛乳 沖之永良部工場/同上

■美野牛乳⇒名瀬工場⇒大島工場
開設> 不明ながら昭和20年代後期、美野牛乳による
昭31〜34> 美野牛乳 名瀬ミルクプラント・美野秀夫/鹿児島県名瀬市汐見町一斑
昭36〜39> 同上/鹿児島県名瀬市末広町1-4
昭40> 南日本牛乳 名瀬工場/同上
昭41〜42> 同上/鹿児島県名瀬市末広町1-14
昭42> 朝仁町に工場を移転
昭43> 南日本酪農 名瀬工場/鹿児島県名瀬市朝仁町317
昭44〜52> 南日本酪農協同(株)大島工場/同上
昭53> 同上/鹿児島県名瀬市朝仁町608
平18> 名瀬市は周辺町村と合併し、奄美市となる
工場閉鎖> 昭和54年 ※のち大島営業所(名瀬市朝仁町6-8)に転換、平成17年に廃止

■種子島酪連・市乳処理工場⇒種子島工場
開設> 昭和40年、種子島酪農業協同組合連合会による
昭41〜50> 種子島酪農協連 市乳処理工場/鹿児島県西之表市西之表6315
昭51〜56> 種子島酪農業協同組合 市乳処理工場/同上
昭56> 種子島酪連の工場・市乳事業は南日本酪農協同に買収される
昭58〜平01> 南日本酪農協同(株)種子島工場/同上
                   ※昭和63年に工場移転したが、名簿に反映せず
平04〜13> 同上/鹿児島県西之表市住吉字千草野3727
平19> 種子島酪農協は県下5組合と合併し、鹿児島県酪農業協同組合となる
工場閉鎖> 平成19年
電話帳掲載> 南日本酪農協同(株)種子島クーラーステーション/同上
                   鹿児島県酪農協 種子島支所/鹿児島県西之表市西之表7860-1

■種子島酪連・屋久島事業所〜屋久島工場
開設> 不明ながら昭和46年前後
昭47〜56> 種子島酪農業協同組合連合会 屋久島事業所
                 /鹿児島県熊毛郡上屋久町楠川下牧野1472-1
昭56> 南日本酪農協同による事業買収にともない工場は閉鎖
昭62> 南日本酪農協同が工場を新設

昭63〜平04> 南日本酪農協同(株)屋久島工場
                    /鹿児島県熊毛郡上屋久町宮之浦矢善野2211
平19> 上屋久町は隣町と合併し、屋久島町となる
電話帳掲載> 同上/鹿児島県熊毛郡屋久島町宮之浦2211

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



漂流乳業