◆農業高校の学校内銘柄
農業学校の畜産酪農関連科は、演習のために乳牛を飼育することが多く、搾乳実践に留まらず小規模な加工ラインを有し独自ブランドを持つ所も少なからずあった。校章の刷り込まれた牛乳(瓶)製品はしかし、極少量の生産・市販を前提としないために主に学校内で消費完結・資材循環するのが常。なかなか
“漂流” はし難い。
流通経路が著しく限定され、処理量の少ないブランド…一般の地牛乳であれば大抵はその条件を備えているが、収集家を泣かせる更に入手困難なジャンルがある。例えば福岡・日鉄ミルクのような鉱業/炭鉱施設に併設のミルクプラント、東京・三宅島牛乳のような離島の乳業、そして本稿に掲載の農業学校が擁する学内銘柄である。
花農牛乳を生産していた県立花巻農業高校は、大正末期に宮沢賢治も教鞭をとった岩手の由緒ある農学校。平成15年に同県・北上農業高校を統合・再発足しているため、(1)番瓶に印刷された校章は現在のものと少し異なっている。
搾乳・殺菌・瓶詰は同校の食農科学科の授業の一環。様々な農産物とともに地元商店街で直売も行われていた。長らく瓶装で健闘するも、処理施設・充填装置の老朽化により継続が困難となり、平成19年3月をもって生産休止となったようす。この例に限らず、古い乳機の更改余力のないことは、中小メーカーの廃業/販売店化の一因となっている。
(2)番瓶は岩手県在住の方より頂戴したもの。飲用した時期から考えて最終出荷に近い頃合のものだろう。返却前提の非買壜(商材)であるため、漂流乳業では平成以降流通の牛乳瓶は極力
収集/掲載
を控えているが、これはオーラス瓶ということでお許しを乞い願う次第である。
鹿児島の末吉高校牛乳は余りにも潔い簡素な標示が逆に目を引く?学内銘柄の定番である校章も見当たらず、全6文字で完結するデザインは類例を見ないシンプルさ。当初は搾乳実習のみ、殺菌・瓶詰は他者に委託していたようで、牛乳工場として登場するのは昭和50年代に入ってから。
掲載瓶は一見すると昭和30年代出来のように映るが、打刻の様子から推して一般市場では「要冷蔵」標示の義務付けられていた昭和40年代中期以降の一本と思われる。近年に至り生産は中止されているもようだ。(⇒渚の足跡―末吉高校時代)
― 謝辞 ―
花農牛乳の生産休止情報や(2)番瓶現物等、メイ様よりご教授・ご提供頂きました。
(この項下段に続く)