<標示変遷の概要>
昭和期に流通していた牛乳(印刷)瓶の時代を知る手掛かりとして、標示方法の変遷は最も役立つ情報である。乳製品は原料や製法もさることながら、その容器についても様々な法律・ルールが存在し、その施行や改正状況を辿ることで
かなり精度の高い時代予測を行うことが可能だ。
関連する主要な法・制度に、[乳及び乳製品の成分規格等に関する省令] (以下 [乳等省令]
に略記)、[計量法]、[牛乳、加工乳、及び乳飲料の表示に関する公正競争規約]
(以下 [表示公正規約] に略記)、更に一合瓶から200ccへ移行した分岐点
[学校給食法] がある。
牛乳瓶や牛乳キャップ、その他の包装材は、いわばこれらのルールに振り回される形で次々とその標示を変貌させていった。結果的に、昭和の牛乳瓶には大別して6つの時代区分を設けられる。
<「市乳180cc」の時代>(昭和20年代初期〜33年頃まで)
市販される牛乳を 「市乳」
と言うことがある。現在も乳業界では牛乳を含む乳飲料生産・販売を
「市乳製品/市乳部門」
と呼んだりするが、一般的にはあまり馴染みのない言葉だろう。
もともとは、いわゆる種類別・牛乳を指す名詞で、昭和25年頃から使われ始め、[乳等省令]
によって 「牛乳」 標示が定められた昭和33年までのあいだ、標準的な呼称であった。

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◆「市乳180cc」と西暦の打刻がある瓶
最も手っ取り早く、しかも確実に流通時期を知ることが出来るタイプだが、あまり多くない。
瓶底画像左:1956年(昭和31年)製・第一硝子
瓶底画像右:1956年9月製?・山村硝子
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西暦の打刻が存在するのは、印刷瓶が登場する昭和20年代末期から、「市乳」標示が取り止めになる昭和33年までの僅か数年間。ただし、この期間内であっても全ての瓶に製瓶年月が刻まれているわけではない。製瓶会社 (製造工場)、その世代によって状況が異なっている。
瓶底面への陰刻で西暦4桁を打刻するものと、西暦下2桁に製造月?を加えたものとの2パターンが存在し、記述フォーマットには製瓶各社を通じて統一感がある。
◆「市乳180cc」の打刻がある瓶(西暦打刻のない瓶)
前述の通り、昭和20年代末期〜30年代初期の流通ということは容易に確定できる。しかしながら、西暦の打刻があるものに比べて記述フォーマットに統一感はなく、各社ともバラバラだ。
形態も瓶底面への陰刻とは限らず、石塚硝子に見られる陽刻
(浮き彫り・エンボス) であったり、側面 (胴部の底寄り) に
「市乳180cc」 を打刻するものもある。
瓶底画像左:昭和30年代初期・徳永硝子
瓶底画像右:昭和30年代初期・石塚硝子
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ここまでに例示した牛乳瓶 (底面の写真)
は全て製瓶会社が異なるが、会社によって打刻フォーマットが一定であることを意味しない。例えば、徳永硝子製の
「市乳」
時代の牛乳瓶には、瓶底面に西暦打刻のある瓶とない瓶、加えて側面に
「市乳180cc (及び製瓶会社固有記号/略号)」
を打っている瓶の合計3パターンが存在する。

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◆「180cc」の打刻のみがある瓶
「市乳」時代末期に登場する少しイレギュラーな様式で、確認できたのは石塚硝子製のものだけ。恐らく昭和33年頃、“まる正瓶”
が台頭するまでの過渡期に流通したものだろう。
瓶底画像左:昭和30年代初期・石塚硝子
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<「(旧)まる正180cc」の時代>(昭和31年〜平成5年頃まで)
「まる正マーク」は、昭和31年の [計量法]
施行で規定された標示。瓶のある高さまで液体商品を満たした時、正味量が確保されるよう製造された透明/半透明の
“特殊容器” 制度である。
対象となった品目 (牛乳・ビール・清酒・醤油など多数)
は、特殊容器製造事業の認可・指定を受けた製瓶会社より瓶を買い入れ、その容器に詰めて販売しなければならなくなった。
牛乳瓶はこの時、胴部は丸型、180ccを標準容量とした汎用瓶が定められ、戦前から続いていた旧来の細口瓶などが一掃された。まるしょう瓶、マルしょう瓶とも表記されるが、ここでは
「まる正瓶」 と呼ぶことにする。
容量の打刻様式は統一され、全てが側面 (胴部底寄り) に
「まる正180cc」 陽刻を伴う。一部、底面へ「市乳180cc」、加えて側面に
「まる正180cc」 を併記した瓶もあって、これは前述の 「市乳」
標示取り止めに至るまでの重複期間だろう。
しかしこれには多数の例外もある。例えば六角瓶や八角瓶、大手乳業の自社銘柄専用瓶
(オーダーメイド瓶) については、 [計量法] の定める 「標準瓶」
ではないために 「まる正」
浮き彫りを伴わず、底面ないしは胴部底寄りに 180cc
とだけ刻まれていることが多い。
(⇒牛乳瓶の全体形状/開口部形状の種類と変遷について)
![[計量法] 規定外瓶の容量側面標示例](img/180cc-dake.jpg) |
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基本的にはこの標示も
「まる正瓶」
の流通時期とほぼ合致しているため、時代判定には役立つ。
画像左:[計量法] 規定外瓶の容量側面標示例
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また、ユニオン硝子と大和硝子製の瓶のみ、「180cc」
ではなく 「180ml」
と打刻する場合がある。ニュアンスとして、前者は “瓶の容積”
後者は “中身の体積・分量”
を示す単位であるから、実はユニオン・大和のみが当初から消費者サイドに立った標示を行っていた…と言えるかも知れない
(後述するが、平成5年の計量法改正で、内容量は 「ml」
標示に変更統一された)。
<共通瓶装・種類別専用瓶装への切替えと「要冷蔵」標示>(昭和43年以降)
標示ルールの変更は内容量に限らない。昭和43年には [表示公正規約]
により、銘柄の表記方法が大きく変貌した。世代が一通り揃っている大手乳業の瓶、例えば明治牛乳や森永牛乳、もしくはアサヒ牛乳(栃木県)のデザイン変更を追うと分かり易いだろう。
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それまでの一般的な牛乳瓶は、白牛乳、コーヒー/フルーツ牛乳、栄養強化系の加工乳も全て、「○○牛乳」
銘をプリントした同一の瓶装であることが多かった。
ブランド展開のために専用瓶が用意されることはあっても、従来はあくまで宣伝効果を狙ったもの。[表示公正規約]
施行の趣旨は、種類別をないまぜにした瓶装を廃し、「共通瓶」
と 「専用瓶」 の標示をルール化、“名実を乖離させない”
ことだった。
画像左:「専用瓶」の標示例(加工乳の場合)
画像右:「共通瓶」の表示例(牛乳・乳飲料・加工乳などオールマイティ)
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白牛乳 (種類別:牛乳)
以外の乳製品を詰める瓶であれば、「牛乳」「ミルク」「乳」の文字は使えず、個別の
「専用瓶」 ないしは 社名・商号・商標だけをプリントした
「共通瓶」
を用意することになったわけである。各社ともデザインの大幅な変更が生じた一大イベントだ。
詳しい年次は不明だが、この変更と同期して、「要冷蔵」標示も義務付けられたようす。
<標準容量 200cc への移行>(昭和45年以降)
牛乳(瓶)にとっては続けざまのビッグイベント。昭和45年、農林省が
「保健体育議会学校給食分科会」
において [学校給食標準食品構成表]
を改訂、学校給食に供する牛乳の標準容量を200ccへ増量策定した。一合
(180cc) 瓶から 200cc瓶への転換である。
給食に限らず、白牛乳200cc化は業界の趨勢となり、市販の牛乳も次々に切り替わった。また、増量を印象付けるために
「200」
の数字を強調・印刷標示する牛乳瓶が数多く登場した。既存の一合瓶はそのまま乳飲料・加工乳の瓶装として存続するケースが多かったようである。
資本力のない個人経営の牧場や、学校給食用牛乳を委託されていない中小事業者の一部は200cc化に追随せず、現在でも一合瓶装のみの取り扱いである例も少なくない。
(⇒学校給食用委託乳(学乳)専用瓶/森永乳業の学校給食用牛乳(学乳)撤退騒動)
<「要冷蔵」に加えて「10℃以下」の併記>(昭和50年代中期以降)
詳しい年次は不明だが、この頃に
「10℃以下」
標示が義務付けられたようす。ただしコーヒー・フルーツ等色物専用瓶には、併記されないことも多い。牛乳であっても、キャップに記載されている場合がたまにある。
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画像右:「要冷蔵」「10℃以下」の併記例
<「(新)まる正180ml/200ml」の時代>(平成5年〜)
平成5年、全面改正された [新計量法]
が施行されるに伴い 「まる正マーク」
のデザインも変更となった。従来と大きく違う点はふたつ。「cc」(立方センチメートル/cubic
centimetre)単位から 「ml」(ミリリットル)
標示への変更と、瓶側面への陽刻から印刷標示に切り替わったことである。
その後、平成13年頃の法改正・施行により “特殊容器”
である牛乳瓶への 「まる正マーク」
標示義務そのものがなくなった?ようだ。現行印刷瓶は 「180ml/200ml」
のみのプリントも多い。シュリンク包装の軽量新瓶には、瓶への記載自体がないこともある。
いずれにせよ、牛乳瓶にとっての昭和
が終わったことを象徴するマークだ。漂流乳業へ掲載される牛乳瓶は、「(新)まる正マーク」
へ移行する直前までの時代が目安になっている。