国際基督教大学国際基督教大学

(記事下段)

国際基督教大学

国際基督教大学
東京都三鷹市大沢1500
山村硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代後期〜40年代初期

戦後間もなく、日米の教会関係者が超教派のキリスト教大学設立を目指して創始育成、ICUやキリ大の略称でも名の知られる都下の名門校。昭和27年、正式な開校に先立ってアメリカから寄贈された18頭の乳牛を飼育することから始まり、以来20年近く教職員や学生のために牛乳・乳製品を供給する牧場併設のミルクプラントが運営されていた。

大学の立ち上げに際しては北米とカナダのプロテスタント教派によりニューヨークに支援財団が設けられ、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーも設立趣意に共感し各種の便宜を図ったとされる。各国のキリスト者による協力体制のなか、乳牛の寄贈も募金活動の流れのひとつとして実施されたものらしい。

◆異色の学内ブランド

北海道大学や東京農業大学など、農学部と連携した市乳ブランドはいくつもあるが、畜産・酪農に関する学部を持たない大学が、実習・研究目的とは無縁に、純粋な福利厚生のため牧場とミルクプラントを用意した珍しい業態で、知り得る限り日本国内には他に類例を見ない。

アメリカにも大学運営の固有銘柄は数多く存在したが、いずれも農学部を有する場合が殆ど。国際基督教大学のケースは学内講座と基本的には無縁なところにお抱えの牧場があったわけで、世界的にもレアケースと言えるのではないかと想像している。

◆掲載瓶について

往時にICUへ在学されていた方からお譲り頂いた一本。昭和43年、学生寮(カナダハウス)そばにあった食堂で飲んだものを記念に持ち帰り、保管されていた貴重な品。「飲み口の1cmぐらいのところは少し濃くどろどろしていた」とのご記憶から、均質化されていないノンホモ牛乳だったらしい。

牧場がスタートした時代を勘案すると頷ける話で、昭和27年は森永乳業が国内初のホモジナイザー導入をようやく成し遂げた均質牛乳の黎明期。その設備は導入コストが非常に大きく、昭和40年代に至ってもICUを初めとする小規模プラントは機器更改を見送っていたはずである。

恐らくは牧場併設のごく小規模な処理施設で低温殺菌・瓶詰めが行われ、食堂・売店に払い下げの流れ。工場直送の新鮮な牛乳の美味しさは折り紙つきだっただろう。

◆牧場のその後

閉鎖の時期ははっきり分からないが、昭和44年を最後に牛乳処理工場としての記録は絶えている。掲載瓶と同様のデザインに「要冷蔵」標示が加えられた瓶装の存在も確認しており、牛乳、加工乳、及び乳飲料の表示に関する公正競争規約に対応して間もなくの頃合いには廃止に至ったらしい。

大学設立当初とは状況が異なって衛生的な乳製品の確保が非常に容易になり、牧場やミルクプラントの運営コストにも負担感が生じていただろうことは想像に難くない。周辺の宅地化に伴い臭気やし尿処理の問題も起こり得たはずで、手仕舞いの潮時…と判断されたのだろうか。

かつての軍需工場跡地を買い取った広大なキャンパスの敷地には、牧場のほか多角経営の一環として18ホールのゴルフ場が広がっていたが、国際基督教大学は昭和49年にその大半を東京都に売却、都は整備のうえ昭和55年に野川公園として開放している。

― 謝辞 ―
往時の様々な状況につきまして、Y様よりご教授頂きました。

― 参考情報 ―
ICU・国際基督教大学の土地はGOLF場だった? (教えて!goo)
小説の舞台&装置02-1973年のピンボール (ノベリスタ)
昭和49年撮影の大学付近の航空写真 (国土情報ウェブマッピングシステム)


創立> 昭和24年
昭27> 牧場運営開始
開校> 昭和28年
昭34〜44> 国際キリスト教大学/東京都三鷹市大沢1500
電話帳掲載> 国際基督教大学・ICU/東京都三鷹市大沢3-10-2
牧場運営・市乳処理廃止> 昭和45年前後
公式サイト> http://www.icu.ac.jp/

処理業者名と所在地は、食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。
創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成21年時点。



漂流乳業