銀座乳業 銀座乳業 (2)銀座乳業 (2)
銀座乳業 (1)

銀座乳業(株)
東京都北多摩郡小平町鈴木新田339
新東洋硝子製・市乳180cc底面陰刻
昭和30年代初期
銀座乳業 (2)

銀座乳業(株)
東京都小平市天神町1-161
山村硝子製・180cc底面陰刻
昭和30年代後期〜40年代初期

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昭和27年に設立、本社は東京の荻窪、工場は小平と所沢、郊外2拠点の構えも、名前は堂々の銀座乳業さん。所沢側は昭和末期に撤退(のち全酪の分工場として短期操業)。本社・小平側も平成11年に解散・廃業、ブランドは消滅している。

主力アイテムは乳飲料・乳酸菌飲料、ヨーグルト、そしてプリンやゼリー。オリジナルアイテム展開の傍ら、他社OEMにも注力。受託はグリコ小岩井ゼンラク保証乳業三井農林乳業近藤乳業ほか多数。後年は雪印乳業の協力工場的なポジションだった。

◆バラエティ豊かな甘味飲料の会社として

創業社長は榊登氏。「中小メーカーはアイデアに生きる道しかない」の信念に基づき、昭和30〜40年代の品揃えは多岐多彩。当時先駆的な商品も市場に送り出していた。

昭和32年「パイン・ペット」は、カルピス〜明治乳業系のピルマンに次ぐフルーツヨーグルトの嚆矢。同42年、円錐状プラカップ入りのサワー飲料は本邦初。これに目を付けた雪印が銀座乳業へ製造を委託、「フルーツサワー」として売り出して大人気となり各社が追随、ブームになった。

雪印フルーツサワー(ピーチ・レモン・メロン)(昭和44年)
画像上:雪印フルーツサワー(ピーチ・レモン・メロン)(昭和44年)…発売当初のパッケージ。文字がつぶれて見にくいが、カップ下部の文字列は製造元の銀座乳業の名前・住所のようだ。

古い紙栓から多様なラインナップの一端が垣間見える。新製品のアイデアを公募して、実際に市場投入した例もあるようだ。発売・終息の入れ替わり、同一アイテムの呼称変更といった重複など、変遷の仔細は不明である。

銀座乳業の自社製品・色々な紙キャップ(昭和30〜40年代)
画像上:銀座乳業の自社製品・色々な紙キャップ(昭和30〜40年代)…色鮮やかなデザインが目を引く。ヤフオクの出品画像をまとめたもの。下段にその他の判明分を含めて一覧化した。
<乳飲料>
◇銀座コーヒーミルク
◇アイコーヒー
◇銀座フルーツ(銀乳フルーツ)
◇フルーツミルク
◇銀座チョコレート牛乳(GINZAチョコレートMILK)
◇銀座蜂蜜牛乳(QUEEN HONEY MILK)
◇バーモント牛乳

<乳酸菌飲料>
◇BLACK COFFEE(ブラックコーヒー)
◇銀座フルーツ(GINNYU FRUIT)
◇フルーツミルク ミルコ(Milco)
◇オレンジ
◇銀乳ドリンクヨーグルト ヤング(YOUNG)
◇ドリンク クリームサワー ケフィヤー
◇オックスシルバー(OX)
◇ゴールドバーモント(GOLD Vermont)
◇バーモント
◇FRESH生JUICE
◇プリンス生ジュース(Fresh Juice)

<発酵乳>
◇GINZAフルーツヨーグルト
◇フルーツヨーグルト(オレンジ/ストロベリー/バナナ/メロン)
◇ハニーヨーグルト
◇女王蜂ヨーグルト/クィーンヨーグルト(Queen yogurt)
◇GINZAクリームサワーヨーグルト
◇PINEPET(パインペット)

<その他>
◇ホワイトアスパラガス アスピユ(清涼飲料)
◇FRESH CREAM(銀座クリーム)(生クリーム)

◆白牛乳の商いは5〜6年で撤退

いっぽう、当初は無かった普通の牛乳については昭和35年、「銀座乳業KK(杉並区上荻窪2-161)、市乳製造に乗り出すため小平町の工場を拡充」…と酪農史誌に記録されている。往時の小平は農村地帯で牛飼いも多かった。

各種飲料の製販を手掛け、力を蓄え、満を持して牛乳市場に参入。「プリンス牛乳」(Prince Milk)、「シルバー牛乳」(SILVER MILK)の銘で売り出すが、激戦区にあって軌道に乗らず、昭和41年頃に生産を打ち切り。以降復活することはなかった。

銀座乳業の会社広告(昭和59年)
画像上:銀座乳業の会社広告(昭和59年)…社長は齊藤正樹氏に代わっている。獅子が2頭向き合ったマーク、「Buffalo Brand」と称していたようだ。掲載(2)番瓶にも刷られている。

◆掲載瓶・ビン製品の展開について

掲載(1)番、四角瓶の一面にアルファベットを並べたシンプルで無駄のないデザインは、山梨のキープ協会や、新潟の桃林舎をも凌ぐ純カントリー風の表情。東京銀座のミルクホールや街角のカフェーを想起させる?ハイカラな仕上がりだ。

これは白牛乳を始めた時代より幾分か古い出来。各種の乳酸菌飲料、色物専用だった可能性がある。当時は格別の標示ルールなく、瓶に刷られた「MILK」の文字だけでは内容物を判断しづらい。(2)番は「シルバー牛乳」向けで間違いないだろう。

ポリ容器の充填ライン設置は、小平工場が昭和41年末、同42年にできた所沢工場には最初から導入されていたはずで、銀座乳業のビン詰め商品は、漸次縮小・終息に向かった公算が大きい。また、晩年はOEMの比率が高く、自社アイテムの展開は局所的だったと思う。

― 参考情報 ―
銀座乳業の紙栓 (つばめ92号) / 同・紙栓 (牛乳キャップとは)
同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
乳酸菌飲料トマト(三種) / ハニーヨーグルト (MY MILK CAPS & COVERS)
「ゴールドミリオン」のコップ / 「ミルコ」の掛け紙 (牛乳グラス☆コレクション)


■東京の工場
設立> 昭和27年、銀座乳業(株)として
            ※本社は東京都杉並区上荻窪2-161 (住居表示実施後は、杉並区上荻2-39-13)
昭34> 銀座乳業(株)小平工場/東京都北多摩郡小平町鈴木新田339 ※ヨーグルト製造
昭35> 小平工場を拡充し、牛乳の製造販売に着手
昭36> 銀座乳業(株)/同上
昭37> 小平町は市制施行して小平市となる
昭39〜42> 銀座乳業小平工場/東京都小平市天神町1-161
                     ※昭和42年以降は乳製品(発酵乳・乳酸菌飲料)メーカーとしての掲載
昭43〜44> 銀座乳業(株)/東京都小平市天神町1-161-1
昭46〜平09> 銀座乳業(株)東京工場/同上
解散・廃業> 平成11年
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■埼玉の工場
※全て発酵乳・乳酸菌飲料メーカーとしての掲載、銀座乳業(株)所沢工場という名乗りもあった
※昭和36年に発足した地元の大岾酪農組合(組合長:細沼湊氏)との共同出資・系列工場と思われる
※同組合は発足時より銀座乳業の小平工場へ生乳を出荷していたグループ

開設> 昭和42年
昭43〜44> 所沢銀座乳業/埼玉県所沢市大字南永井1018
昭47〜62> 埼玉銀座乳業(株)・細沼湊/同上
昭63〜平01> 全国酪農業協同組合連合会 所沢工場/同上
工場閉鎖> 平成3年前後
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

処理業者名と所在地は、[全国工場通覧]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑]・[食品産業年鑑]・[食品工業総合名鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成20年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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