<瓶の世代と流通時期>
(加工乳・色物・ジュース等の専用瓶を除く)
他の大手乳業がCI導入でロゴマークを刷新してゆくのを尻目に、大正期に制定された「雪印」を今も続投させている。商標・雪印へのこだわりが強いのだろう。そのせいで瓶のデザイン変更も極端に少ない。雪印牛乳の“終焉”まで、大別するとわずかに3世代を数えるのみだ。
長期に渡り流通していた(1)(2)番瓶と、200cc移行後の(8)番瓶は、それぞれ15年近く同様のデザインを保ち続けたはずで、乳業界に君臨した帝王らしい?堂々の構え。
ただし、「雪印牛乳」の極太明朝体や、雪印マークの描かれ方の
ごく小さな変化には、流通時期や製瓶会社の差異による無数のパターンがあって、一筋縄ではない。好例は掲載した(1)〜(5)番瓶の雪印マークだ。デザインの世代としては
ひと括りに出来るが、星の大きさ・位置・バランス、雪の結晶を表す6本の枝分かれの長さ・太さを良く見ると…決して同じ形はしていない。
そのようなマイナーバージョンの存在はさて置き、雪印牛乳(白牛乳)の初代印刷瓶は、(1)(2)番瓶のデザインだったと推測している。手持ちの在庫には「市乳」の打刻(昭和20年代後期〜30年初期)が打たれたものもあり、早期採用をうかがわせる要素は十分だ。
画像右:雪印工場見学記念のしおり(昭和30年代中期)
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(3)(4)番瓶はバター・チーズの広告抜き。流通は昭和30年代初期〜中期の頃。仔細は不明ながら、(1)(2)番瓶と同時に、平行して出回っていたようす。(4)番瓶の「雪印牛乳」表記は、明朝体ではなく丸ゴシック風で、“乳”の略字も違う異色の瓶。こうしたブレが収まり、商標・ロゴ形状の統一が認められるのは、昭和40年代中期以降になる。
(5)(6)番瓶は白牛乳瓶装…の可能性を排除し切れず、参考までに掲載した。前者は標示の通り「ビタミン牛乳」なる草創期の加工乳と思われるが、当時はラインナップ上の区別が曖昧な場合もあり、白物として扱われていたこともあり得る?だろう。後者は、全体デザインが
「雪印ミネラル牛乳」瓶装に酷似しており、その発売直後に使用されたもの?かも知れない。「ミネラル」の文字を加えれば、後の専用六角瓶に近づく。
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(7)番瓶は、[牛乳、加工乳、乳飲料の表示公正競争規約]対応直後の共通瓶か。白牛乳瓶装としての流通は極めて短いか、もしくは一足飛びに(8)番瓶へ展開していた様子もある。この辺りの世代交代に伴う過程は判然としない。
(9)番瓶が、「雪印牛乳」最後の世代。平成5年以降は計量法改正に伴う内容量表示の変更(まる正200ml
プリント標示)を経て、時代はあの忌まわしい集団食中毒事件へと突入していく。
一連の不祥事を契機とした雪印乳業の大再編により、平成15年に市乳部門は丸ごと日本ミルクコミュニティ(株)へ経営統合され、赤いブランドカラーの「メグミルク」銘に生まれ変わった。
「雪印牛乳」は消えてなくなるのか?確かに当初は廃止検討がアナウンスされ、公式サイト上の製品案内も全製品がメグミルクの赤に染まった。
ただ、実態としては一部地域で引き続き「雪印牛乳」銘での販売は続行されたし、雪印乳業本体から事業分割されなかったバターやチーズはそのまま「雪印」で踏ん張った。そして平成23年、全ては雪印メグミルク(株)への大統合に至るのである。(⇒<雪印乳業は眠らない〜メグミルクへ>)
画像左:雪印乳業の乳製品一覧(昭和43年)
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