桃林舎

(記事下段)

桃林舎

(株)桃林舎
新潟県新潟市関屋1832
石塚硝子製・900cc側面陽刻
昭和40年代初期

内容量900ccにして四角瓶という、ちょっと珍しい形状の大瓶。一合入りの角瓶とは異なり断面は正方形ではなく長方形をしている。冷蔵庫のポケットに収まりが良いことと、一辺を敢えて短くすることにより、片手で掴み切れる幅を担保した?のだろう。

当時このサイズで一般的に流通していたのはトックリ型の丸瓶であった。掲載の大振りな四角瓶は洒脱なデザインも相俟って、遠目にはまるでカントリー雑貨のように映る。

俄かには牛乳屋さんとイメージし難い感じの「桃林舎」屋号は、刈羽の砂丘を開墾整備し桃畑となした郷土の偉人、塚田源太夫の功績にあやかったもの?大正期、ご当地は立派な果樹園となり、春季には花見客のために「桃林駅」(現JR越後線)が臨時開設されるほどだったとか。

昭和43年頃、信濃川の氾濫に備える分水路(関屋分水)開削事業のために立ち退き、廃業。掲載瓶は電番標示に機械文字が使われていることから、最晩年の世代と見込まれる。
(⇒関屋分水のできる前/新潟街角今昔)

この瓶は何故か佐渡島に複数残っていたもので、往時に船便でやってきたと見られるが…酪農の盛んな島内に、わざわざ本土から牛乳を運び入れる積極的な理由が思い浮かばず、残存経緯は判然としない。島民需要を賄い切れない不足期があったのだろうか?

― 謝辞 ―
掲載の瓶は「丘の上の山羊」tokko様よりご提供頂きました。


創業> 不明ながら戦後?
昭31> 桃林舎・吉田茂/新潟県新潟市関屋掘割町2-1823
昭34〜36> 桃林舎/同上
昭40> (株)桃林舎/新潟県新潟市関屋1832
昭43> 分水路(関屋分水)建設のため立ち退き、廃業
昭44> 同上 ※削除漏れ?
電話帳掲載・公式サイト> 未確認
廃業> 昭和43年頃

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



漂流乳業