コクブ牛乳 (1)コクブ牛乳 (1) コクブ牛乳 (2)コクブ牛乳 (2)
コクブ牛乳 (1)

(株)国分商店 児島製乳工場
岡山県玉野市山田445
製瓶元不明・180cc底面陽刻
昭和30年代初期〜中期
コクブ牛乳 (2)

(株)国分商店 児島製乳工場
岡山県玉野市山田445
徳永硝子製・市乳180cc底面陰刻
昭和20年代後期〜30年代初期

コクブ牛乳 (3)コクブ牛乳 (3) 画像上:国分商店・岡山事務所の会社広告(昭和29年)
画像上:国分商店・岡山事務所の会社広告(昭和29年)…岡山市上石井の事務所(製パン工場を併設)が本拠。製乳工場は傘下の形だ。
コクブ牛乳 (3)

(株)国分商店 児島製乳工場
岡山県玉野市山田445
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代初期〜中期

コクブ牛乳 (4)コクブ牛乳 (4) コクブ牛乳 (5)コクブ牛乳 (5)
コクブ牛乳 (4)

(株)国分商店 児島製乳工場
岡山県玉野市山田445
大和硝子製・正180ml側面陽刻
昭和30年代中期〜後期
コクブ牛乳 (5)

(株)国分商店 児島製乳工場
岡山県玉野市山田445
大和硝子製・正180ml側面陽刻
昭和30年代中期〜後期

食品卸・輸入商大手の国分グループが、昭和41年まで直営したミルクプラント。コクブの名は知らずとも、(4)(5)番瓶の広告欄「K&K」印なら、缶詰類に良く見たと思う。

所在の岡山では、明治雪印オハヨー東洋(森永)に並ぶ、5大乳業メーカーの一角を占めた。ハイハイ赤ちゃんのマーク(小児印)は、乳製品の専用商標。その知名度にあやかり、県下の中山牛乳川上牛乳さんらが、イメージを一寸拝借している。

◆国分商店・児島製乳工場の開設

昭和21年、地元の熱心な企業誘致を受け、國分商店は児島郡山田村(現・玉野市)に製酪工場を建設。買い手の存在は村に牛飼いを増やし、児島酪農組合も成って工場前に事務所を置くと、生乳出荷団体として原料供給を支えた。

草創期はバター・練乳の加工が中心。市乳事業(コクブ牛乳)に乗り出したのは、昭和27〜28年頃。とにかくも約20年間、「コクブ」ブランドの各種乳製品が商われる。

そんなところへ、当時急成長を遂げたカルピス食品工業(現・カルピス)が、玉野に近い総社市へ練乳工場の立ち上げを計画。集乳エリアの衝突問題が持ち上がった。

◆カルピスとの深い繋がり

原料乳の争奪戦が起こり得る、際どい局面。しかしカルピスにとって國分商店は創立以来のパートナー、新商品カルピスを初めて扱ってくれた恩義ある、兄弟仲の問屋さん。

そもそもカルピスの企業的展開は国分グループ傘下でスタート。その頃カルピス食品工業の社長を務めていたのは、他ならぬ国分のトップ、國分勘兵衛氏だった。

両社は話し合いのすえ、カルピスと砂糖・生乳の取引関係がある明治乳業を招き入れ、今後の市場展開を検討。昭和41年、コクブの児島製乳工場をカルピスが買収、明治乳業との折半出資で児島カルピス乳業(株)を新設する次第に落ち着いた。

◆コクブ牛乳の廃止と明治牛乳

コクブ牛乳は収支が悪化しており、カルピス・明治資本の力で財務改善の意図も大きかった。児島カルピスは集荷量の半分をエバミルク(無糖練乳)に加工して國分商店へ、残りは瓶詰め「明治牛乳」を作って卸す業態に転じ、「コクブ」銘は消滅。

商流を改め、再建を期す児島カルピス。ところが酪農組合との契約都合か、原料は飲用価格で仕入れ、実際には半分を練乳加工するため赤字経営が続く。いっぽうカルピスは総社に新鋭工場を落成、児島カルピスの存在意義は薄れていった。

◆児島カルピスの解散とその後

ついに昭和43年、児島カルピスは解散。単独明治資本の山陽明治牛乳(株)として再発足も、40年代後期に閉鎖され、生産拠点の役割を終える。

国分はその後長らく、直接的には乳業と無縁だったが、平成28年、大阪の乳製品問屋・ヤシマ(株)を子会社化、さらに北海道の倉島乳業(株)に出資参画している。

ヤシマ(株)の完全子会社化および 倉島乳業の関連会社化 (国分グループ本社)
市乳製販をグループ化 ヤシマの全株取得、倉島乳業へ2割出資 (日本食糧新聞)

◆掲載瓶・広告欄の商品について

上掲の(3)〜(5)番瓶、広告欄のバリエーションで目に付くのがエバミルク。粉ミルクが普及する以前は、ぬるま湯で希釈し、主に育児用・母乳の代替に使われた。

初期に展開の「ウインモアー」なるブランドは、“wean(離乳)more(さらに)”の綴りだろうか。米国企業より製法と商標利用権を得たものと見られるが、仔細は不詳。

翻って(1)番赤瓶の流通期、用途が今ひとつ判然としない。「コクブ均質牛乳」銘の青瓶が、昭和30年代極初期から一貫して白牛乳瓶装のはずだ。となれば栄養強化系の加工乳、またはコーヒー・フルーツほか色物専用だった可能性が高い。

― 謝辞 ―
カルピスの過去経営などについて、むにゅ様よりご教授頂きました。

― 関連情報 ―
コクブ牛乳の紙栓(1) (2) (3) (4) (5) / 同・宅配受け箱 (ジャンボフェニックス)
コクブ牛乳(岡山県玉野市) (牛乳トラベラー) / コクブ牛乳の箱 (むにゅ’s のぉと)


開設> 昭和21年
昭24> (合)國分商店 児島工場・國分勘兵衛/岡山県児島郡山田村山田357
昭26> (株)國分商店 児島製乳工場/岡山県児島郡山田村大字山田
             ※ここまではバター、煉乳工場としての掲載
昭28> 同上/岡山県児島郡山田村山田375-1
昭28> 山田村は玉野市に編入される
昭31〜41> 同上/岡山県玉野市山田445
昭41> カルピス食品工業が工場・営業権を買収
          明治乳業との折半出資で児島カルピス乳業(株)を設立

昭42〜43> 児島カルピス乳業(株)/同上
昭43> 明治乳業の単独経営に移行、山陽明治牛乳(株)へ改称
昭46〜48> 山陽明治牛乳(株)/同上
昭49前後> 山陽明治牛乳は工場を閉鎖
独自銘柄廃止> 「コクブ」銘は昭和41年に廃止
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

処理業者名と所在地は、[全国工場通覧]・日本乳製品協会 [日本乳業年鑑・1951年版、1953年版]・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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