中山牛乳 (1)中山牛乳 (1)

(記事下段)

中山牛乳 (1)

中山牧場ミルクプラント(中山ミヨ江)
岡山県井原市西江原町1830-3
製瓶元不明・市乳180c.c.側面陽刻
昭和29年頃〜30年代初期

中山牛乳 (2)中山牛乳 (2) 中山牛乳 (3)中山牛乳 (3)
中山牛乳 (2)

中山ミルクプラント(中山ミヨ江)
岡山県井原市西江原町1830-3
石塚硝子製・市乳180cc底面陰刻
昭和30年代初期
中山牛乳 (3)

中山ミルクプラント(中山ミヨ江)
岡山県井原市西江原町1830-3
日本硝子製・市乳180cc底面陽刻
昭和30年代中期

戦後に十数年ほど商われた、県南のローカル銘柄。昭和35年前後に自家処理を中止され、ブランドは消滅している。恐らく牛舎併設の乳業だったと思うが、製造期間は短い。

昭和30年代の初め、井原市内には5軒のミルクプラントが操業。その中で一番早くベンダーに転換した所だ。ジャンボフェニックス氏によると、創業者ご家族は既に引退、別の方がご商売を引き継ぎ、現在はメグミルク(雪印牛乳)と森永牛乳を扱う販売店さんという。

◆掲載びん・赤い血肉キャッチについて

赤ちゃんマークの(1)番瓶が、初代の印刷瓶装か。それが突如として雄大な富士・賑々しい宝船に取って代わる、脈絡のない後継の変貌ぶりが愉しい。赤ちゃんの姿はコクブ牛乳さんのマークと瓜二つ、同社からクレームでもついた?のかも知れない。

「白い牛乳 毎日飲めば 赤い血となり肉となる」…牛が緑の草を食べ、栄養が赤い血液となり、やがて白い牛乳ができる…とは、昔の言い回し。「赤い血肉」を謳うキャッチフレーズはしかし、今となってはちょっと不釣合いで、やや怖い感じもする。

仔細不明ながら、広島の舟橋牛乳さんの瓶にも、同じ文言が同じフォーマットで刷り込まれており、一帯に営業した乳業資材代理店の提案・テンプレートの一種だったようだ。

― 関連情報 ―
中山牛乳の紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)


創業> 不明ながら戦後?
昭31〜34> 中山ミヨ江/岡山県井原市西江原町1830-3
                     ※古い紙栓の標示では「中山牧場ミルクプラント」「中山ミルクプラント」とも
電話帳掲載> (有)ナカヤマ乳販/同上
自家処理撤退・独自銘柄廃止> 昭和35年前後
公式サイト> 未確認

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成22年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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