オハヨー牛乳 (1)オハヨー牛乳 (1) オハヨー牛乳 (2)オハヨー牛乳 (2)
オハヨー牛乳 (1)

大日本乳業(株)
岡山県岡山市下石井198
山村硝子S31年製・市乳180c.c.底面陰刻
昭和28〜33年頃
オハヨー牛乳 (2)

大日本乳業(株)
岡山県岡山市下石井198
日本硝子S31年製・市乳180c.c.底面陰刻
昭和28〜33年頃

オハヨー牛乳 (3)オハヨー牛乳 (3) オハヨー牛乳 (4)オハヨー牛乳 (4)
オハヨー牛乳 (3)

オハヨー乳業(株)
岡山県岡山市下石井198
山村硝子製・市乳180cc底面陰刻
昭和30年代初期〜中期
オハヨー牛乳 (4)

オハヨー乳業(株)
岡山県岡山市神下565
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代後期〜40年代初期

オハヨー牛乳 (5)オハヨー牛乳 (5) オハヨー牛乳 (6)オハヨー牛乳 (6)
オハヨー牛乳 (5)

オハヨー乳業(株)
岡山県岡山市神下565
山村硝子製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代
オハヨー牛乳 (6)

オハヨー乳業(株)
岡山県岡山市神下565
山村硝子製・正200cc側面陽刻
昭和60年代〜平成5年頃まで

おまけカードを50点分集めて、カバヤ文庫をもらおう!カバヤキャラメルの大ヒットに沸くカバヤ食品が、原料練乳の自給を目指し、昭和28年に大日本乳業を設立。同31年、オハヨー牛乳を発売。今や県下最大の地場メーカー、飛躍的な発展を遂げている。

◆練乳不足から始まった乳業部門

往時のカバヤ食品は全国的なキャラメル景気に乗って、明治・森永の両製菓へ肉薄も、練乳は他社からの仕入れに依存。需要期は売り惜しみに遭い、充分量を確保できない状況が頻繁に起こった。結果、自家生産・完全自給を目指すことになる。

カバヤは敷地内に加工場を建設。練乳会社立ち上げの抜擢要員は、県外のミルクプラント(東洋乳業広島工場の前々身、安芸酪農協?)で約半年間の研修を受け、昭和28年、カバヤお抱えの練乳屋さん・大日本乳業(株)が発足した。

◆練乳たぶつき苦境にあえぐ

とはいえ県南の酪農地帯は大手乳業の支配下、生乳調達は容易でない。争奪戦・交渉合議を重ね、旭東酪農協(邑久郡豊村)との大型取引が決まり、ようやく安定。大日本乳業は所期の目的に従って加糖練乳を製造、カバヤにどんどん送り始める。

ここで肝心のキャラメルが大コケ。類似品の百出、市場飽和で伸び悩み、間もなく膨大な余剰在庫を抱える窮地に。カバヤに頼んで練乳使用量の多い高級キャラメルや、HIPPO(カバ)印のコンデンスミルクを発売してもらっても、全く売れなかった。

画像右:オハヨー牛乳・バターの広告(昭和33年)…カバヤの製乳工場がおくる逸品!写真は(1)番瓶。
オハヨー牛乳の発売予告広告(昭和31年)
オハヨー牛乳・オハヨーバターの広告(昭和33年)
画像左:オハヨー牛乳の発売予告広告(昭和31年)…紙フード冠帽。「初めてわが国にお目見えした完全密封ワイヤーシール壜詰(針金を軽く引くだけで簡単に栓がとれます)」との説明。

◆事業転換・オハヨー牛乳の大成功

かくて練乳専業の道は早々に塞がり、事業転換を迫られる。生乳は日々大量に受け入れる生モノだから、市乳化は必然の流れだ。昭和31年、乳業としての自立・オリジナルブランドの展開を期して、「オハヨー牛乳」の売り出しが始まった。

個性的な銘はカバヤ宣伝部の考案。県外資本の本格進出に先んじた、岡山随一の最新鋭ミルクプラント、ホモジナイズ処理、広告宣伝の大量投下で、たちまち人気を得る。

滑り出しは日産2万本を完売、手応えありと踏んだ大日本乳業は、32年、オハヨー乳業へ改称。操業数年で一日5万本規模に達し、ラインナップも順次拡張。昭和35年までにスーパー牛乳、フルーツにチョコレート、ビタミン牛乳といった定番を揃えた。

カバヤ食品と大日本乳業のペア広告(昭和32年) カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和33年)
画像上:カバヤ食品と大日本乳業(オハヨー乳業)のペア広告(昭和32年・33年)
(2)番瓶が載っている。オハヨー牛乳が1本13円、オハヨースーパーが15円の時代だ。
カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和35年) カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和35年)
画像上:カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和34年・35年)
写真は(3)番瓶に交代しているようだ。カバヤ食品はキャラメルの紹介が続く。
カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和36年) カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和37年)
画像上:カバヤ食品とオハヨー乳業のペア広告(昭和36年・37年)
この頃まで紙フード・ワイヤーシールの封緘。カバヤは粉末ジュースの宣伝が登場。

◆商圏の拡大・諸メーカーの合流

特に昭和30年代は学校給食牛乳のスタートや、消費拡大キャンペーンほか世相の後押しもあり、オハヨーは順調に商圏を拡大、大手に負けない確固たる存在感を示す。

県下では自家処理をやめ、オハヨー牛乳の販売店になる事業者も多く現れた。倉敷の大熊酪農場(大熊乳業)、金藤牧場(キントー乳業)、橋野牛乳に加え、岡山市の岡山牛乳(株)などが独自ブランドを廃止、オハヨーの看板へ切り替えている。

◆本社・工場の移転と首都圏進出

昭和41年、業容拡大のすえ手狭になったカバヤ食品の庇から巣立ち、自社工場を岡山市神下に落成。この年に新発売した乳酸菌飲料「ママイ」(カバヤに同名の菓子があった)は3年間で三千万本超を出荷の大ヒットを飛ばし、前途洋々の船出だった。

オハヨー乳業の初期製品
画像上:オハヨー乳業の初期製品…紙フードからポリフードに変わったビン製品(昭和39年)、「オハヨーママイ」(41年)、ストロー付きブリックパック(55年)、ゲーブルトップ型紙カートン(48年)。

しかして収支は創業以来初の経常赤字を記録。新工場建設の影響はもちろん、カバヤに居た頃は電気・蒸気・施設の維持管理を賄ってもらえる居候の身。一人暮らしを始めた途端、それら本来の必要経費が降って沸いたようなものだったという。

現在の製造拠点は神下の本社工場を筆頭に、アイテム多角化の役割を担う長船工場(瀬戸内市・昭和38年開設、ヨーグルト・プリン・紅茶類)と、関東工場(茨城県鉾田市・平成元年開設)を擁し、首都圏市場にもデザート系の乳製品を供給する。

過去のシンボル・パンマーク(昭和39年制定)

オハヨー乳業の現行ロゴ(昭和60年制定)
◆現行ロゴへの移行と瓶装の改廃

上掲(1)(2)番瓶は大日本、(3)番以降がオハヨー乳業世代。(4)番から登場する小悪魔っぽいキャラ(パンマーク)の採用は昭和39年。シンプルな社章(二つ輪マーク)はいつしか廃止された。

画像左:パンマークと現行ロゴ…後者は爽やかな朝のブルー、元気な若葉、未来に伸びる「A」をイメージ。製作はデザインオフィス・シュガーポット。

従前は牛乳・チーズ・ヨーグルト、商材ごとに異なるブランド・マークを用い、商標は不揃いに推移。昭和60年、CI導入で古いロゴを一掃、トレードマークを一本化する。この際に(5)番瓶は引退、現行ロゴ採用の(6)番瓶へリニューアルした。

平成期、宅配と小売は180cc赤瓶、学校給食は標準食品構成表に基づく200cc青瓶…の使い分けを経て、平成22年「環境への配慮と安全性向上」を目指し、プラ栓・シュリンク包装・無地の軽量新瓶に移行。紙栓と印刷瓶装を廃止、現在に至る。

オハヨー牛乳の広告(昭和40年)
◆半獣半神の妖精・パンマーク

ギリシャ神話に登場する牧羊神・パーン(Pan)をモチーフにした、かつてのオハヨーの顔。名前をパンマーク(パン坊や)と呼ぶ。

パーンは羊や羊飼いを守る牧畜・農牧の神。原典では上半身が人間の男、額に二本の角を生やし、下半身は山羊。半獣半神の妖精だ。

手に持つのは角笛でなく、シュリンクス(パンフルート)。いわゆる葦笛(あしぶえ)らしい。



画像右:オハヨー牛乳の広告(昭和40年)…(4)番瓶がお目見え。<パン>のマークの説明がある。「たくさんの眼」が品質を厳しくチェックの趣旨。ちょっと怖い。

◆パニックの神様・パンマークの引退

酪農・乳業と縁がありそうで、イメージ的にはぴったり、のはずだったが…人々を驚かせるイタズラ好き、パニック(Panic)の語源という曰く付きの神様でもある。20年以上使ったパンマークの続投を、オハヨー乳業が見合わせた理由のひとつだ。

なお、200cc瓶のパンマークは少なくとも2種類を確認できる。180cc時代と同じ絵に加え、顔の輪郭・表情を微妙に簡素化したタイプがあり、本項掲載は後者のデザイン。葦笛の唄口(ベック)部分が口元に突き出していない所が分かり易いと思う。

― 参考情報 ―
「キャラメルのクーポン」の巻 (まぼろしチャンネル)
給食・宅配向けのビン牛乳が変わります / 岡山県は85.1% (オハヨーブログ) ※IAキャッシュ
オハヨー牛乳 / オハヨー牛乳、瓶を軽量化 (ジャンボフェニックス)

― 関連情報 ―
オハヨー乳業の紙栓(1) (2) (3) (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
同・紙パック製品 (愛しの牛乳パック) / オハヨー牛乳の木箱 (古今東西散歩)
続・カバヤ文庫『鮮血のモヒカン族』 (ホームズ・ドイル・古本 片々録)


設立> 昭和28年、大日本乳業(株)として
昭29> 大日本乳業(株)/岡山県岡山市下石井198 ※練乳工場
昭31> 市乳事業(オハヨー牛乳の製造販売)を開始
昭31> 大日本乳業(株)・野津克已/同上 ※野津氏はカバヤ食品の社長
昭32> オハヨー乳業(株)へ改称
昭34〜40> オハヨー乳業(株)/同上
昭41> 本社・工場を岡山市神下に移転
昭41〜平13> 同上/岡山県岡山市神下565
電話帳掲載> 同上
公式サイト> http://www.ohayo-milk.co.jp/

※分工場の所在地は割愛した

処理業者名と所在地は、[食糧年鑑]・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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