山羊乳 特 集 - 山 羊 乳 瓶

東京山羊乳東京山羊乳 大塚山羊牧場大塚山羊牧場
東京山羊乳

東京都山羊農業協同組合ミルクプラント
東京都目黒区柿ノ木坂295
廃業(昭和29年)・昭和牛乳(株)へ転換
徳永硝子S28年製・180cc底面陰刻
昭和28年〜30年代初期
大塚山羊牧場

大塚山羊牧場
福岡県嘉穂郡上穂波村四郎丸
廃業(昭和30年代初期?)
石塚硝子製・〇.九竕入 背面印刷
昭和20年代初期?

目黒の柿ノ木坂に山羊牧場がある時代というのも、ピンと来ないことおびただしい。現在流通は極めて少ないが、昭和30年代、山羊乳はそれなりにポピュラーな飲み物だった。

我が国の山羊飼育は、戦前には「自給飼料で飼育できる自家消費に適した家畜」として発展し、戦後は食糧不足と農地の荒廃を背景に飼育ブームとなり、昭和32年には飼養頭数で67万頭に達した。

しかしながら、その後酪農が推進される中で、山羊飼育は飼養戸数及び頭数の減少が続き、山羊乳生産は、主に自家消費用として推移している。

なお、山羊乳については、これまで自家消費がほとんどであったが、食の多様化等を背景として、山羊乳販売、チーズ・アイスクリーム等への加工販売のほか、機能性食品としての研究開発も一部行われている。(⇒家畜改良増殖目標(めん羊・山羊)の検討状況/農林水産省)

特に戦後は在米の民間支援団体が、日本に多数の乳用山羊を寄贈。市町村を通じて農協や希望者に配布されている。かつて山羊乳販売に乗り出した事業者の一部も、この恩恵に浴したと伝わる。(⇒関連:ララ物資・沖縄ベスト牛乳


木野山羊乳処理所木野山羊乳処理所木野山羊乳処理所
木野山羊乳処理所

木野山羊乳処理所(木野乳業処理所)
福島県会津若松市天寧寺町218
廃業(昭和40年代中期)
日本硝子製・市乳180cc底面陽刻
昭和20年代後期〜30年代初期

青葉牧場 (ビタミン牛乳部/やぎ乳部)青葉牧場 (ビタミン牛乳部/やぎ乳部)青葉牧場 (ビタミン牛乳部/やぎ乳部)
青葉牧場 (ビタミン牛乳部/やぎ乳部)

青葉牧場
富山県下新川郡朝日町草野585
廃業(昭和45年前後)
第一硝子製・市乳180c.c.底面陰刻
昭和20年代後期〜30年代初期

山羊乳専門ミルクプラント、東京都山羊農業協同組合の処理施設が目黒にできたのは、昭和27年。その時の様子を報じる昔の新聞記事で、往時の状況が良く分かる。

日本ではじめてというヤギ乳を処理する工場が、このほど目黒区柿ノ木坂二九五「東京都山羊農業協同組合」内にできました。ヤギのお乳は牛乳と比べてクサ味が強かったので、同組合では農林省から補助金をもらい、クサ味をぬいて、バイキンを殺す立派な機械をそなえたのです。

これからはおじさんたちの労力もはぶけ、能率もグンと向上、八百五十頭いるヤギから二石(二千本)もとれるそうです。二十五日の落成式を前に大きなオッパイをぶらさげたヤギさんは「メエ、メエ」と大喜びです。(⇒【泉麻人の東京版博物館】目黒のヤギ乳工場/朝日新聞デジタル) ※掲載終了

一合瓶換算で日産2千本の供給は、当時ちょっとした規模感。記事は牧歌的なまとめだが、工場落成の2年ほど前に厚生省令が変わり、牛乳と同じ殺菌処理を山羊乳にも義務付けている。ミルクプラント建設はやむを得ず…の側面があった。

引用冒頭の「日本ではじめて」は、景気付けの煽り文句。山羊乳生産を機械化した先駆、くらいの意。手造りの小規模工場なら、もっと古い所がたくさん存在した。

◆東京都山羊農協の陣容

山羊の飼育頭数は約850頭。柿ノ木坂の併設牧場だけでなく、組合員全体の話だろう。農協には都下多数の山羊牧場が参画。その一部を過去の“山羊乳キャップ”に見て取れる。

安藤牧場/目黒区高木町1511
碑文谷牧場/目黒区碑文谷2-2190
三島山羊園/目黒区衾町105
臼田牧場/太田区馬込町東1-1263
※大手紙器加工メーカーの保存品より抽出

目黒工場に原乳を持ち寄り、統一ブランド「東京山羊乳」として殺菌・瓶詰め。操業期間は短い。掲載の瓶装が初代〜最晩年までの容器か。キャップの標示は農協名義のほか、上記の通り個別業者を記すフタも多く、実売は各自の商流に任せたようだ。

◆東京山羊乳から昭和牛乳に転換

山羊さんメエメエ大喜びも束の間、肝心の売り上げは低調に沈む。立ち上げ僅か一年半で農協は事業より撤退。組合理事の西形氏が工場資産一切を引き受け、昭和29年に昭和牛乳(株)を設立。牛乳の製造販売に転じる。

昭和牛乳は家庭宅配、学校・企業向け集団飲用、喫茶・洋菓子店・レストランへの食材卸しで順調に伸びた。昭和33年、フルーツ牛乳の請け負いを契機に雪印乳業と提携、受託増加にともない南多摩郡(現・多摩市)へ工場を新設する。

◆雪印グループ時代の流転

雪印の資本参加を得て、40年代に同グループ会社に転換。平成2年に多摩雪印牛乳(株)、同14年・多摩ビヴァレッジ(株)と改称。平成18年、日本ミルクコミュニティが吸収合併し工場を閉鎖するまで、長らく雪印ブランド乳飲料の製造拠点だった。

昭和牛乳〜多摩ビヴァレッジの紙栓 (牛乳キャップとは)
同・紙栓(1) / 同・(2) (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)

独自銘柄は提携過程で消滅も、遡って昭和36年、昭和牛乳の営業部門が独立して出来た昭和物産(株)は、雪印系の販社として存続。親会社を(株)雪印アクセス(現・日本アクセス)から伊藤忠食糧(株)に変えながら、なお商号が健在だ。


「竕(デシリットル)」標示に昭和初期を偲ぶ、大塚山羊牧場の90ccスクリューキャップ仕様瓶。昔の牛乳瓶がしばしば採用した封緘で、アルミ製のフタを用いる。大抵はエンボス・浮き彫りの時代、この頃のガラス印字は珍しい。

男前な山羊さんマークの木野山羊乳処理所。福島では大正初期、県農会が長野より山羊を導入、山羊乳の販売店が多数開業。木野氏も当時、飼育を始めた方か。戦後しばらく、医師指導で会津山村の学校給食は山羊乳を採用。「小兒の栄養」たる由縁だ。

ビタミン牛乳部・やぎ乳部の共用瓶は青葉牧場の一本。デザインがちょっと似ているが、木野山羊乳の福島に対しこちらは富山。いずれも明治牛乳(1)番瓶の模倣らしい。木野さん共々、昭和40年代中期に廃業、銘柄は消滅している。

阪川乳牛場・山羊部の乳用山羊販売広告(大正初期)
阪川乳牛場・山羊部の乳用山羊販売広告(大正初期)…スイス原産のザーネン種、トッゲンブルグ種と、恐らくドイツのシュヴァルツヴァルト種の分譲案内。阪川牧場は明治3年創業、日本牛乳史の先駆を成す一社。阪川當晴氏・松本良順氏らの起業で知られる。

◆現在も購入可能な山羊乳は?

生産者は少ない。山羊肉食の習慣が残る沖縄のはごろも牧場さん、北海道の乾牧場さん、岩手の川徳牧場さん(大石乳業処理委託)、京都のるり渓やぎ農園さん、高知の川添やぎ牧場さん(ひまわり乳業処理委託)など、数か所に留まる。

パッケージは川添さんを除きポリ容器の展開。はごろも牧場や、宮崎の中村牧場さん(山之口山羊乳肉組合)は、以前「やぎみるく」90ccビン詰めを作っていたが、終売して久しい。

やぎみるく (沖縄発!役に立たない写真集)
酪農から転換「やぎみるく」新発売 (畜産の情報-98年1月・国内編)
川徳牧場 川村則雄氏 (農業ビジネス)
るり渓やぎ農園 (関西よつ葉連絡会-生産者紹介)
ヤギミルクの生産者 川添健太郎氏 (やまけんの出張食い倒れ日記)

山羊乳は同量の牛乳より栄養豊富、かつ消化良好という。しかし一般に癖の強い風味を持ち、環境中の臭いを吸収しやすく、後味が畜舎そのまま・ヤギっぽい…と感じる向きも。飲み慣れるまでが大変かも知れない。(⇒ヤギの乳の味/Yahoo!知恵袋)


■東京山羊乳
設立> 不明ながら戦後、東京都山羊農業協同組合として
昭27> 目黒区柿ノ木坂295にミルクプラントを落成、処理販売を開始
昭29> 農協は事業から撤退、組合も間もなく解散と見られる
          組合幹部が資産・債権・債務を承継し、昭和牛乳(株)を設立

独自銘柄廃止> 「東京山羊乳」は昭和29年に廃止
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■昭和牛乳 <参考>
設立> 昭和29年、昭和牛乳(株)として
昭30> 昭和牛乳(株)・西形公夫/東京都目黒区柿ノ木坂295
昭31> 昭和牛乳(株)・西形勝蔵/同上 ※現在の柿の木坂2-29-12
昭33> 雪印乳業と提携、受託製造を開始
昭34> 昭和牛乳(株)/東京都目黒区柿ノ木坂215
昭36> 同上/東京都目黒区柿ノ木坂295
          昭和牛乳は営業部門を分離、昭和物産(株)を設立
昭39> 昭和牛乳は南多摩郡多摩町に新工場を開設 ※目黒は本社のみとなる

昭39〜44> 昭和牛乳(株)/東京都南多摩郡多摩村字貝取10-831-1
昭46> 多摩町は市制施行する
※以下、乳製品/醗酵乳/乳酸菌飲料工場としての掲載

昭46〜平01> 昭和牛乳(株)多摩工場/東京都多摩市貝取10-831-1
平02> 昭和牛乳は多摩雪印牛乳(株)へ改称、雪印乳業の子会社となる
平04〜13> 多摩雪印牛乳(株)多摩工場/同上
平14> 多摩雪印牛乳は多摩ビヴァレッジ(株)へ改称
平18> 多摩ビヴァレッジは日本ミルクコミュニティ(株)が吸収合併、工場閉鎖

独自銘柄廃止> 「昭和」銘は昭和40年代に廃止?
工場閉鎖> 平成18年
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■大塚山羊牧場
創業> 不明ながら戦後?
廃業> 昭和20〜30年代
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■木野山羊乳処理所
創業> 不明ながら大正中期〜昭和初期
昭15> 木野庄次郎/福島県会津若松市小田町
昭31> 木野山羊舎・木野庄次郎/福島県会津若松市天寧寺町218
昭34〜43> 木野乳業処理所(処理場)/同上
廃業> 昭和44年前後
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■青葉牧場
創業> 不明ながら戦後?
昭34〜44> 青葉牧場/富山県下新川郡朝日町草野585
廃業> 昭和45年前後
電話帳掲載・公式サイト> 未確認


処理業者名と所在地は、[福島県農業史4(各論2)]・[日本乳業年鑑]・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



漂流乳業