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古川牛乳 (1) (2)

古川乳業(株)
宮城県古川市稲葉字片葉芦30
いずれも日本硝子製・正180cc側面陽刻
昭和43年頃〜50年代
古川牛乳 (3)

古川乳業(株)
宮城県古川市稲葉字片葉芦30
ユニオン硝子工業製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代

もともとは県下加美郡で戦前より酪農・搾乳販売を営み、ご当地に四日市場牛乳を商った老舗。昭和44年、古川市(現・大崎市)への移転を決し、会社法人およびミルクプラントを新たに設け、銘を古川牛乳に変えての再出発だった。

自社製品以外に生協・スーパーのPBを手掛けたほか、給食用など一部アイテムはみちのくミルク(大崎市岩出山・雪印系)に委託、古川乳業(株)岩出山工場の名義も展開。新天地に約50年の歴史を刻んだが、平成31年に廃業、ブランドは消滅している。

◆掲載瓶・往年のビン商品について

初代と思しき(1)番瓶は、四日市場時代を踏襲した超シンプルなデザイン。続く(2)番は200cc移行後の色物専用か。いずれも広島の高田牛乳さんに迫る、素っ気ない構え。のち(3)番への世代交代で、賑やかな装いにリニューアルした。

過去にはコーヒー牛乳、濃厚牛乳もラインナップ。しかし晩年の瓶詰めは「ジャージー牛乳」大瓶一種のみ。本項に掲載したような小容量ビンは廃止されて久しかった。

◆加美郡から古川市への移転

長らくの創業地を離れ、陣容を刷新した背景は良く分からない。ただ、当時は競争激化でローカルメーカーが次々に淘汰された頃。売上不振とか原料乳の調達困難とか、危機打開のため思い切った決断が必要だったのかも知れない。

旧所在の加美郡中新田町は、戦後酪農の発展とともに農民主導の意識高まり、昭和34年に中新田酪農農協が成立。これに応じて全酪連(ゼンラク牛乳)が集乳基盤の構築に乗り出し、既存業者への直接納入が減少傾向にあったようだ。

いっぽう移転先の古川では、昭和41年に古川市酪農農協が発足。さらに国の施策で指定生乳取引団体が生まれ、全国の酪農事情は大変動。古川乳業の立ち上げは、各農系団体と何らかの提携・調整が生じた結果?とも思える。

― 参考情報 ―
古川乳業の紙栓 (牛乳キャップとは) / 同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
同・紙パック製品 (愛しの牛乳パック) / 古川牛乳200mlパック (牛乳トラベラー)


設立> 昭和44年
昭44> 古川牛乳(株)/宮城県古川市稲葉字片葉芦30 ※商号誤り?
昭46〜56> 古川乳業(株)/同上
昭58〜平13> 同上/宮城県古川市北稲葉1-2-59
平18> 古川市は周辺6町と合併し、大崎市となる
電話帳掲載> 古川乳業(株)/宮城県大崎市古川北稲葉1-2-59 ※当時
廃業> 平成31年
公式サイト> http://www.city.osaki.miyagi.jp/index.cfm... (参考・IAキャッシュ)

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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