ゴトウ牛乳 (1)ゴトウ牛乳 (1) ゴトウ牛乳 (2)ゴトウ牛乳 (2)
ゴトウ牛乳 (1)

後藤牛乳店(ゴトウ牛乳処理所)⇒(有)後藤乳業
山形県酒田市浜田2-9-10
日本硝子製・正200cc側面陽刻
昭和40年代中期〜後期
ゴトウ牛乳 (2)

後藤牛乳店(ゴトウ牛乳処理場)⇒(有)後藤乳業
山形県酒田市浜田2-9-20
東洋ガラス製・正200cc側面陽刻
昭和50〜60年代

大正初期より約95年間に渡って商われた、庄内北部のローカル銘柄。晩年の一日あたり出荷量は200cc瓶詰め360本。製造は低温殺菌牛乳のみ、販路は原則宅配限定。横浜のパン屋さんが県外唯一の取り寄せ販売店だった。

(有)後藤乳業の情報 (ごった煮)
パンと牛乳のはなし (都会も地方も 外国も日本も)
ゴトウ牛乳 (Totszen Baker's Kitchen Blog)

“ゴトウ”片仮名標示のゆえんは、かつて同じ後藤姓の牧場・ミルクプラントが近隣に散在したため、ちゃんと区別できるように配慮?の結果かも知れない。

個人名義での営業歴が長く、(有)後藤乳業としての法人化は平成10年代。のち平成21年1月をもって廃業され、ブランドは消滅。昭和30年代に10軒ほどあった酒田市内のメーカーは、とうとう田村牛乳さんを残すのみとなる。

◆掲載瓶・酒田と松山の2工場について

(1)番瓶には市外局番の異なる2つの電話番号を標示。学校給食やスーパーへの卸しもあり、ご商売がずっと大きかった昔には、2拠点で生産を行ったと分かる。「マツミネ110」番は、飽海郡松山町の第二工場で、たぶん戦後に新しくできた増設拠点だろう。

全国的にも岡山の長谷川牧場や、宮崎/鹿児島の久保田牛乳さんのように、一族共通瓶装・複数工場兼用品を用いたメーカーがしばしば見受けられる。

松山の第二工場は、ゴトウ牛乳の創始と思しき後藤彦太郎氏が運営にあたり、酒田本店を跡継ぎ・信雄氏に任せる形だったらしい。しかし昭和44年前後に第二は閉鎖。(2)番瓶の通り、酒田側に業務を集約・一本化されたようだ。

― 関連情報 ―
後藤乳業の紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ) / 同・紙栓 (牛乳キャップとは)


■酒田市の工場
創業> 大正3年
昭09> 後藤彦太郎/山形県飽海郡東平田村北澤
昭29> 東平田村は酒田市に編入される
昭31> 後藤牛乳店・後藤信雄/山形県酒田市浜田夜揚下35-3
昭34〜40> 後藤牛乳店/同上
昭41> 夜揚下は住居表示実施により、旭新町(のち浜田二丁目)となる
昭41〜44> 後藤牛乳店(ゴトウ牛乳店)/山形県酒田市旭新町35-3
昭46> 同上/山形県酒田市浜田2-9-10
昭47〜平04> 同上/山形県酒田市浜田2-9-20
平13> (有)後藤乳業/同上
電話帳掲載> 同上 ※当時
廃業> 平成21年
公式サイト> 未確認

■飽海郡の工場
開設> 不明ながら戦後?
昭31> 後藤牛乳店・後藤彦太郎/山形県飽海郡松山町字竹田15
昭34〜41> 後藤牛乳店/山形県飽海郡松山町大字上竹田15
昭42〜43> 後藤牛乳(ゴトウ牛乳)/山形県飽海郡松山町竹田字猿田115
工場閉鎖> 昭和44年前後

処理業者名と所在地は、牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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