ジェルシー牛乳ジェルシー牛乳 ジェルシー牛乳 (コップ)
ジェルシー牛乳

(株)ジェルシー農園
埼玉県狭山市大字上広瀬7
第一硝子製・市乳180c.c.底面陰刻
昭和30年代初期〜中期
ジェルシー牛乳 (コップ)

(株)ジェルシー農園
埼玉県狭山市大字上広瀬7
打刻なし
昭和30年代

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創業は大正2年。県下市域を中心に、最盛期は東京へも進出した往年のローカル銘柄。原点は明治中期の牧場まで遡る狭山随一の老舗だが、昭和38年に明治乳業の傘下に入り、埼玉明治牛乳(株)へ転換。早い段階で独自アイテムは消滅している。

いっぽう、大正5年頃に支舎・分家(暖簾分け)の形で独立したらしい、寺山ジェルシー農園が川越にある。ゆえに「ジェルシー牛乳」は、平成まで自社ブランドを堅持した川越産のイメージが強い。その寺山ジェルシーも、現在は明治の販社さんとなっている。

◆ヴィスコライズド&ジェルシー

本項の掲載瓶はかつての狭山ジェルシー、昭和30年代に流通と思しき一本。みずみずしい語感ながら、何やら馴染みの薄いキーワードが並ぶ。

ジェルシーは乳牛のJersey(ジャージー種)の古い読み方。ヴィスコライズド(Viscolized)は液体の部分的な均質処理を意味し、一般にホモゲナイズド(完全均質)とほぼ同義。当時の(輸入)機械設備の名前や性能に依拠した呼称かも知れない。

ダニー・ケイの牛乳屋(1)ダニー・ケイの牛乳屋(2)

ダニー・ケイの牛乳屋(3)ダニー・ケイの牛乳屋(4)
映画「ダニー・ケイの牛乳屋」(原題:The Kid from Brooklyn、1946年)に登場する架空の乳製品…「ロイドの牛乳屋」(原題:The Mily Way、1936年)のリメイク。牛乳配達夫がボクシングで大成する喜劇。

大振りなヒマワリの商標は、創業者・沼崎栄吉氏のデザイン。日本では昭和28年に公開されたアメリカのコメディ映画、「ダニー・ケイの牛乳屋」に登場する架空メーカー「Sunflower Dairies(サンフラワー乳業)」のマークに着想を得たという。

◆清水宗徳氏の牛飼いチャレンジ

狭山における乳牛飼養・搾乳販売の先駆は、養蚕・紡績・製紙・鉄道・北海道開拓など多彩な事業に携わり、入間郡の産業振興に尽くした郷里の偉人・清水宗徳氏。

■板紙の製造 附其他の興業
此の他、製絲工場(※)所設の水利を用ゐて、水車を設け、或は、牛乳搾取場を開いて、一般の需用を満たし…(後略) ―[清水宗徳翁小伝](古谷喜十郎編/沼崎栄吉刊・大正3年)より抜粋
※県下初の機械製糸工場、当時の高麗郡上広瀬村(現・狭山市上広瀬)にあった。

着手は明治中期。のち開通する入間馬車鉄道(馬車新道)に面した所に牧場を構え、牛飼いに乗り出した記録が残る。一帯で最初期の牛乳屋さんに違いない。この馬車鉄道それ自体、宗徳氏が計画立案したもので、社長を務めてもいる。

しかし何かと「先走って失敗が多い」宗徳氏。乳業もまた意の如くならず、諸権利は早々に人手に渡ってしまった。明治27年以降、界隈には唯一「廣進舎」(進成孝牛乳所)が水富村に営業しており、恐らくこれが売却された牧場と想像する。

◆沼崎栄吉氏による狭山ジェルシーの開業

宗徳翁評伝(上記引用)の刊行者・沼崎栄吉氏は、水富村広瀬に狭山ジェルシーを興した創業者。若き日に同郷である清水氏のもとで働いた人物だ。明治34年、入間馬車鉄道に入社し、宗徳社長付けの事務員として側にいたという。

ところが鉄道会社の経営は芳しくなく、沼崎氏は別の仕事を探すべきか悩む。明治42年には、宗徳氏が鬼籍に入る(馬車鉄道は大正6年に全線廃止・解散)。

いよいよ転職の想いは募り、乳牛を5頭ばかり繋いでいた鉄道沿線の牛乳屋を従業員ごと買い受け、大正2年、狭山ジェルシーを旗揚げ。この店は、かつて宗徳氏が作って手放した牧場、つまり廣進舎(または更なる後継店)だった?と考えられる。

◆戦前戦後の狭山ジェルシー

牛乳屋はもともと売りに出ていた位なので、沼崎氏も当分の間、大した商売はできなかった。転機は昭和2年。西武線の延伸により首都圏への直通経路が生まれ、東京市内のホテルやデパートに卸売りルートを確立、徐々に業績は上向いていく。

昭和17年頃には搾乳牛200頭、日量3〜4千リットルほどの規模に達するも、戦時徴兵で労働力を失い、飼料資材は払底。消費地・東京の飲食店は営業時間短縮や空襲で凋落。ウシは軍へ供出、戦地に向かう兵士の特別食となって激減した。

終戦時の乳牛14頭。昭和22年に復員した跡継ぎ・沼崎誠一氏は、食糧不足と統制経済の厳しい環境下で家業再興に臨み、同26年に(株)ジェルシー農園を設立。販売店網を県下のみならず、青梅街道沿いの立川や八王子へも広げていった。

狭山中央ロータリークラブ週報 第994回 (パスト会長の時間-沼崎正徳氏)

◆狭山ジェルシーから埼玉明治牛乳へ

東京商圏に食い込んだジェルシー牛乳だが、原乳供給の要・周辺一帯の酪農家は、急速な宅地化進行で落伍者多数。残りも大手メーカーの勧誘に応じ出荷先を変えてしまうなど、集乳基盤が瓦解、販路拡張も難しく、独立経営を断念。

昭和38年、ミルクプラントを明治乳業に売却、埼玉明治牛乳(株)へ転換。沼崎氏は専務の肩書で参与。(株)サイメイへの改称を経て、平成4年頃まで明治の乳製品を製造。現在は明治ライスデリカ(のち藤本ライスデリカ)の炊飯工場に変わり、おにぎりや寿司類を手掛ける。

遡ること昭和17年、戦時の企業統合で明治とジェルシー、ほか複数の市乳業者さんが統制会社である埼玉乳業(株)を合弁設立(戦後数年で解散)。こうした背景から(株)ジェルシー農園は、従前より明治資本を一部容れていたかも知れない。

◆掲載びん・狭山事件について

本家・分家のような繋がりもありそうなところ、過去の瓶装は狭山と川越で別々の仕立てだった。掲載ビンが狭山で使われたことは確実で、戦後の冤罪(疑い)事件である狭山事件の遺留品に、このジェルシー牛乳の空き瓶が含まれている。

カバンは6月21日、雑木林の溝で関巡査部長が見つけたが、その時にみつかったものは飲みかけの牛乳びんが1本、ハンカチ、三角巾、糸、真鍮の編み棒、ガリ版刷りの歌詞、辞書の切れ端…
狭山事件ノート・カバンの中になかった筆箱/勝どき書房 狭山事件 掲示板)

発見時、警察が証拠品として撮影したと思しき牛乳瓶の写真が、鮎喰・人権サイトさんの狭山事件の真実に載っていて、本項上掲の瓶と同じデザインだと分かる。

発見された牛乳瓶(狭山事件の真実―玉石より加工引用)
被害者の同級生。自分達は学校でジェルシー牛乳と言う牛乳を取っていた。被害者も取っていた事は確かである。取っていたのはクラスで12名位だと思う…
狭山事件 自動車 秘密の暴露/狭山事件を検証する)

被害者の女生徒は川越高校・入間川分校(狭山市狭山台)に通い、日頃この牛乳を飲んでいた。事件発生は昭和38年。食事は弁当持参、希望者のみ別途有償で牛乳を頼んだらしい。

画像左:発見された牛乳瓶(狭山事件の真実-玉石より加工引用)

なお、結局この瓶は被害者の持ち物だったのか、それとも犯人が凶行に及ぶ前、近在の商店で購入したものなのか、今ひとつはっきりしないまま裁判は結審を迎えている。


■清水宗徳氏⇒進成孝氏(廣進舎)
明治中期> 清水宗徳氏が乳牛飼育・搾乳販売に着手
                    ※間もなく経営困難に陥り、進成孝氏へ事業を譲渡?
明27> 進成孝牛乳所/埼玉県高麗郡水富村
明29> 高麗郡は入間郡と統合し、入間郡となる
明31> 進成好牛乳所/埼玉県入間郡水富村
明35> 廣進舎・進成孝/埼玉県入間郡入間川町 ※販売所?以後は遷移不詳

■狭山ジェルシー(埼玉明治牛乳⇒サイメイ⇒明治ライスデリカ) <掲載瓶>
創業> 大正2年、ジェルシー農園として ※沼崎氏が廣進舎を買収?
昭09> 沼崎榮吉/埼玉県入間郡水富村廣瀬
昭17> 戦時統制により同業各社と埼玉乳業(株)を合弁設立 ※戦後解散
昭23> 埼玉県牛乳商業協同組合/埼玉県入間郡水富村上広瀬7
             ※戦時統制企業の枠組みを残しながら事業を再開したものと見られる
設立> 昭和26年、(株)ジェルシー農園として
昭29> 水富村は周辺町村と合併し、狭山市となる
昭31> ジェルシー牛乳・沼崎栄吉/埼玉県狭山市大字上広瀬7
昭34〜36> ジェルシー牛乳/同上
昭38> 明治乳業の資本参加を受け、系列会社となる
昭39> (株)ジェルシー農園/同上 ※同年、埼玉明治牛乳へ改称
昭40〜62> 埼玉明治牛乳(株)/同上
昭63〜平04> (株)サイメイ/同上 ※埼玉明治牛乳より改称、乳製品工場としての掲載
平04> 明治ライスデリカ(株)が発足、乳類製造を廃し炊飯事業に転換
平13> 明治ライスデリカとサイメイは合併し、明治ライスデリカとなる
令02> 明治ライスデリカは藤本食品に買収され、藤本ライスデリカ(株)となる

電話帳掲載> 明治ライスデリカ(株)/埼玉県狭山市広瀬東2-28-1
独自銘柄廃止> 「ジェルシー」銘は昭和38年頃に廃止
公式サイト> http://www.meiji-rice.com/ (明治ライスデリカ) ※閉鎖
                 https://fujimotorice.com/ (藤本ライスデリカ)

処理業者名と所在地は、[埼玉県統計書 全]・[埼玉県営業便覧]・牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・[食糧年鑑 昭和24年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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