クラーク博士でお馴染みの名門、北海道大学・農学部による、かつての製造実習品。正式な団体呼称は「北海道大学農学部附属農場畜産製造部」ないし「附属農場乳製品工場」。昭和32年、校内需要に応じて瓶詰め牛乳の生産を始めたものだ。
◆北大牛乳の創始と終焉
当初は手作業で日産500本ほど。昭和43年、農場施設の全面改築で乳肉製品加工所を新造、オートメーション化して規模を拡大。最盛期は乳牛を常時100頭飼育しながら、一日1,000〜2,000本の卸し。ほとんど市乳処理業の実践に近い。
・アグリフードセンター (食肉科学研究室)
・札幌農学校からの伝統を受け継ぐ〜アグリフードセンター(3) (いいね!Hokudai)
のち機械設備の老朽化・人員削減の煽りで昭和62年に製造を取り止め、いわゆる「北大牛乳」の市販は(一旦)終了。「あまりの美味しさ、人気に応え切れなくなり、全学販売を中止したはず」との回想も見つかった(⇒北大の小話/5号館のつぶやき)。
◆北海道大学農学部附属農場報告
大学ゆえ様々な記録が残る。関連情報で興味深いのは、昭和44年の北海道大学農学部附属農場報告-農場の概要。以下に一部を引用する。
農場の名称
昭和42年度現在における農場は8カ所にあり,その各々の所在地は第一農場は札幌市北11条西7丁目に、第二農場は札幌市北18条西7丁目に<中略>第二農場は酪農経営の研究及び牛に関する試験研究と学生の実験実習を行うことを目的とする。
畜産製造部
畜産製造部は乳製品製造実習工場および肉製品製造実習工場を有し、それぞれ乳製品または肉製品についての加工製造実験、学生実習等を行なっている。昭和42年度の事業概要は次のようである。
乳製品関係
年聞を通じて連日行なわれている業務はいわゆる市乳、すなわち殺菌ビン詰乳の製造である。これは日曜祭日を除く毎日1,000〜1,500本のビン詰乳を製造するものである。次にバター、チーズ、醸酵乳、アイスクリーム等の製造がある。これらは学生実習を兼ねて随時製造が行なわれる。 |
上記に言う殺菌ビン詰乳が「北大牛乳」として学内販売されていたもの。一合瓶で千本以上を毎日製造、バターやチーズ、アイスクリームまで造っており、もうローカル乳業の領域だ。
◆びん装乳の大腸菌群による汚染
次は昭和49年、びん装乳の大腸菌群による汚染、と題するレポートから。古い紙栓は「75℃15分」殺菌とあり、加工所新築・機器刷新(43年)で処理が変わったと分かる。
北大附属農場乳製品工場において製造されているびん装乳は、85℃までプレートで加熱した後、15分間保持する方法で殺菌されている。<中略>1971年8月に検査を行なった。その結果かなりの大腸菌群が検出され、<中略>直ちにびん装乳製造を中止して原因を追究したところ<後略>
比較のために市販びん装乳を5社から、紙容器入り牛乳を1社から購入して大腸菌群と一般細菌を検査した結果、6社のうち2社の製品から大腸菌群が検出され、中でも特定の1社の牛乳は一般細菌および大腸菌群による大きな汚染が常に認められた。 |
レポートは乳製品工場にとって不名誉な内容だ。大腸菌群検出が甚だしく、製造と(大学生協への)払い下げを一旦中止、原因究明・解決に臨んだ様子を綴っている。
ミルクプラント隣接の牧草地に散布した液肥(乳牛のし尿)が、霧状に漂って空気とともに工場内へ流れ込み、牛乳充填機のエアーパイプノズルが吸入、製品(びん装乳)を汚染した…という顛末。衛生管理の難しさを物語るエピソードだろう。
◆附属農場と加工実習プラントの現在
往時の札幌農学校第二農場(国指定重要文化財)は、一般公開されている。畜舎には古い輸入農機具に加え、本項掲載と同じ牛乳瓶と、紙キャップの展示もある。
・札幌農学校 第二農場 (「コッツプレイス」のブログ)
畜産製造・実習部門の後継は、生物生産研究農場(北大農場)・アグリフードセンターで、平成23年に新設されたところだ。乳牛飼育は約40頭、搾乳によって得られる生乳は、加工実習分(北大パッケージのバターなど)を除き、周辺メーカーへ出荷する。
いっぽう学内ビン詰め工場の閉鎖以来、普通の牛乳は身内のお手製に限られた。畜産科の新歓コンパ「恒例の北大牛乳で乾杯」との紹介も、記念写真を見るとペットボトル詰め、テーブルには紙コップが並ぶのみ…平成期はそんな状態が続く。
◆明治初期から130年続く乳肉生産
以上は戦後の概況、北海道大学の牛乳史はもっと長い。札幌農学校が出来た明治9年には既に、有畜農業の推進に燃えるクラーク博士肝煎りの直営農場「農黌園」(のうこうえん)があって、牛乳・バターを生産。教師や生徒に供されていた。
明治中期〜大正初期にはアメリカから乳牛を輸入、園内の製乳所に練乳製造用の真空釜も設置。大学への昇格と畜産学科の開設に応じ、盛んに酪農実習を行った。しかしこの頃の「北大牛乳」の姿は未見。専用ビンがあったと思うが…。
◆北大ミルクプラントの謎と近年の新展開
過去の牛乳工場名簿には、北海道大学の名前が一切出てこない。市乳処理を手掛ける場所ならば、小規模な農業高校すら網羅、大学は酪農学園、国際基督教大学、岐阜大学ほか多数掲載にも関わらず、北大の記録が皆無だ。
ブランド名もはっきりしない。「北大牛乳」はあくまで当時の通称、という感じである。過去の紙キャップは「北大附属農場畜産製造部」「牛乳」の標示に、校章を添えるのみ。上掲の通り、瓶も「北海道大学」と法人名だけを掲げている。
ところで平成29年末には、大学構内の飲食店「北大マルシェCafe&Labo」が「北大牛乳」の提供を開始(店内厨房で低温殺菌)。復活というより新展開の流れで耳目を集める。市乳処理に際してはノースプレインファーム(紋別郡興部町)の支援を得たそうだ。