日本食品工業日本食品工業 倉敷鉱泉 (アオイミルク)倉敷鉱泉 (アオイミルク)
日本食品工業

日本食品工業(株)
岡山県倉敷市昭和町530
製瓶元不明・市乳180cc底面陰刻
昭和30年代初期
倉敷鉱泉 (アオイミルク)

倉敷鉱泉(株)
岡山県倉敷市美和町1132
山村硝子製・180cc底面陽刻
昭和40年代初期〜中期

掲載の2本は倉敷市内の清涼飲料水メーカーで用いられた、大型王冠栓タイプの六角びん。日本食品工業さんと倉敷鉱泉さんの、様々なラインナップを賄った汎用瓶装だ。いずれも厳密には「牛乳瓶」でないが、往時の関連資料として参考掲載する。

◆大口径王冠仕様のびん

飲み口の形状は王冠打栓を受ける二段構え。紙キャップによる封緘は非対応。開口部の内径に段差がない。丸瓶・角瓶のバリエーション、高さ・直径は通常の牛乳瓶とほぼ同じだ。(⇒関連:牛乳瓶の全体形状/開口部形状の種類と変遷について

昭和30〜50年代、主に乳飲料やジュース類の容器として広く流通したもの。特集-りんご牛乳の項を見れば、かつて好んで採用された様子が良く分かる。

◆日本食品工業さんについて

日食さんは昭和45年前後に廃業、既にブランドは残っていない。掲載の瓶は底部に「市乳」打刻をともなう。同種の後継品には確認できず、最初期の印刷瓶だろう。

日本食品工業の瓶に貼ってあった紙ラベル(蜂蜜牛乳)

ビンの肩口には商品名を記した紙ラベル(蜂蜜牛乳・りんご牛乳など)を貼り付けたらしい。往時は大阪、岡山、倉吉の3市に支店を構え、アイスや菓子類も手掛けた。

画像左:日本食品工業の瓶に貼ってあった紙ラベル(蜂蜜牛乳)

◆倉敷鉱泉さんについて

今も当地に商いが続くのは倉敷鉱泉さん。創業は明治末期、老舗のラムネ屋だ。昭和30年代にソースや蒟蒻の製造に着手、商材の多角化が進んでいる。

果たしてアオイミルクとは、どんな飲み物だったのか…現在は定番のラムネと、各種調味料(倉敷味工房)の販売が中心。上掲のような一合瓶に詰めた、甘い乳飲料・ジュース類は廃止されて久しい感じである。(⇒会社案内/倉敷鉱泉株式会社)

― 関連情報 ―
アオイミルクの里帰り (ジャンボフェニックス)


■日本食品工業
設立> 昭和23年、日本食品工業(株)として
昭27〜29> 日本食品工業(株)・村上聖/岡山県倉敷市昭和町 ※初期は栄町とも
昭30〜32> 同・真砂時雄/岡山県倉敷市昭和町530
昭33〜35> 同・村上チヱ子/同上
昭43> 同・村上旭/同上
廃業> 昭和45年前後?
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

■倉敷鉱泉
創業> 明治43年
昭22> 吉備郡足守町から倉敷市に移転
設立> 昭和23年、倉敷鉱泉(株)として
昭27> 倉敷鉱泉(株)・石原潤七郎/岡山県倉敷市新川町
昭28> 美和町に工場を移転
昭29〜35> 同上/岡山県倉敷市美和町
昭43> 同上/岡山県倉敷市美和町1132
昭46> 同上/岡山県倉敷市美和町2-7-17
電話帳掲載> 倉敷鉱泉(株)/岡山県倉敷市美和2-7-17
公式サイト> http://www.kurashikikousen.com/

処理業者名と所在地は、[山陽年鑑] 各年版・日本職業指導教育研究会 [職業指導年鑑 昭和31年版] による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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