設立は昭和28年。明治乳業の系列会社として4〜5年ほど稼働した、県央の小規模工場。発足に際しては、地元農系団体との連携があったと思われるが、仔細不明。
明治本体による吸収合併後、同・上田工場の管轄下に入り、間もなく集乳所に転換。それもすぐに廃止となって、業歴はごく短い。
掲載はかつてのオリジナル商品、糖分とビタミンを添加した乳飲料。一般商店や駅売店での小売り用らしき、王冠栓のジュース瓶タイプ。形状は東京・小島屋牛乳さんと全く同じもの。また、糖分含有を標示した瓶には、広島・舟橋牛乳さんの類例がある。
◆上田市・小県郡域における明治乳業
上小地域に明治資本が進出したのは昭和16年。小県郡県村・日本酪農工業商会の買収に始まる。間もなく敷地狭隘により、同郡塩尻村に工場を増設も、昭和25年には上田市・上田工場を落成、こちらに生産機能を集約。以降長らくの拠点となった。
本項乳業も最終的には上田工場の分工場扱いとなったが、もともとは地場酪農組合の誘致に応じた?共同出資会社の設立だった点は特徴的。
練乳・バター・チーズなどの乳製品加工が中心で、飲用牛乳は限定的な展開だったか、なにしろ短命に終わったため、過去のラインナップは良く分からない。