大船渡牛乳大船渡牛乳

戦後、一帯の酪農発展を受け、地元の猪川農協さんが創始したローカル銘柄。

後年は大船渡市農協の合併発足を経て、組合と近在のメーカー2社が手を組み、大船渡乳業(株)を設立。同社が製造販売を担った。

大船渡牛乳を飲もう (JAおおふなと)

人口・需要減少と原材料の高騰に加え、東日本大震災の余波で継続困難に陥り、平成28年、廃業・解散。ブランドは消滅している。

大船渡牛乳

大船渡ミルクプラント⇒大船渡乳業(株)
岩手県大船渡市猪川町字下権現堂21
日本硝子製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代

後述の通り明治乳業との結び付きが強く、「明治牛乳大船渡販売店」名義で同社製品の併売も手掛けた。過去、明治⇒大船渡乳業への出資参加があったかも知れない。

掲載瓶は極太明朝体で大船渡を謳い上げる、ど迫力の一本。乳質に対する自信表明か、季節変動する脂肪分の数値をビンに印刷してしまっている。今は3.5〜3.6%が平均的で3.3は低く感じるが、当時はこの位が白牛乳の上限だった。

◆気仙エリアの酪農黎明期

気仙郡では昭和12〜13年頃、乳牛導入による農村振興を計画。森永製菓(森永乳業)工場を猪川村に誘致のうえ、酪農へのチャレンジが始まった。ところが試行錯誤の段階で集乳量に乏しく、戦時に余裕を失った森永は、敢えなく撤退。

昭和19年、入れ替わるように明治乳業が進出。竹駒村(現・陸前高田市)に乳製品工場を据え、鋭意操業・生乳集荷を行い、周辺の牛飼いは息を吹き返した。

竹駒工場は終戦前後に一旦休業も、村内移転し設備を刷新、昭和50年まで郡市の加工拠点として存続。附近の酪農発展、乳牛飼養頭数の増加に繋がる。戦後、猪川農協(酪農部門)の誕生も、こうした中央資本の地盤開拓の貢献が大きい。

◆大船渡牛乳の誕生

猪川農協さんは昭和20年代末〜30年代初期に、自らミルクプラント経営に着手。「大船渡牛乳」の生産直売へ乗り出す。とはいえ、恐らく乳量の過半は引き続き明治へ供給、独自ブランドは学校給食や宅配ほか、限定的な展開に留まった。

この頃、全国の組合が同様の事業を試み、多数の農系銘柄が勃興。一方で大手メーカーへの原料乳出荷も可能ならば継続しつつ、自主独立路線を探るわけだが、大半は満足な販路を拓けず赤字に苦しみ、買収あるいは統廃合の途を辿っている。

◆大船渡乳業(株)の設立

今に続く大船渡市農協(JAおおふなと)は昭和41年、猪川農協を含む市域7組合の合併で誕生。同45年、規模拡大を狙い、地元の根岸牛乳店(盛町)、甲子牛乳(赤崎町)さんらと協業、組合を中核とした大船渡乳業(株)の立ち上げに至る。

根岸・甲子の2社は間もなく大船渡牛乳の販売店に転換。市農協ミルクプラントは集約処理場の役割を得て、昭和50年代には下記の明治撤退に応じ?乳製品増産のため第二工場(盛町松木渡)を設けたが、こちらは約5年ほどで閉鎖となった。

◆明治乳業の撤退と余乳問題

市況年々厳しく、明治乳業は岩手県下の2工場閉鎖を決定。竹駒工場は昭和50年、岩泉工場は(調整に時間を要し)同55年に廃止。明治が買い取っていた膨大な生乳が宙に浮く。卸しを前提に成り立つ地域の酪農業は、崩壊の危機に直面した。

県経済連が交渉の結果、夏季需要の盛んな8か月間は、全国農協連(JA全農)再委託の商流で明治乳業の関西方面工場が受け入れ、期間外は産地加工で凌ぐ方針に。

そうした動きのあった昭和55年前後、大船渡牛乳は日頃市町に工場を新設、猪川町から移転。従前より自家処理が増加する見込みで、機器の増強対応等も必要だったと思う。手間のかかるビン詰め・洗浄ラインの撤去/廃止も同時期と見込まれる。

◆平成28年3月末に廃業へ

消費量の下落、少子化・給食需要の落ち込み、宅配の衰退、原料高騰など、各地の例に漏れず苦しい経営を強いられるなか、東日本大震災が発生。人口減少はもちろん商売を直撃。工場は老朽化、億単位に上る更改費捻出の目処は立たない。

震災後は政府補助の支えと、盛岡市への営業進出で調子が上向く時もあったようだ。しかし大勢を覆すには至らず、平成28年、廃業を決断。「大船渡」ブランドの継承を望むメーカーが現れることもなく、およそ60年の歴史に幕を閉じた。

― 参考情報 ―
大船渡乳業、3月末に廃業 全従業員17人解雇へ (岩手日報) ※掲載終了
大船渡乳業株式会社 (大船渡より) / 大船渡牛乳180mlパック (牛乳トラベラー)
「大船渡牛乳」盛岡に 気仙地域以外で初の販売 (47NEWS)
お…大船渡牛乳!なつかし! (k_arata@フォト蔵)
朝は大船渡コーヒーと工藤パンのイギリストーストから始まる (pesocchi@フォト蔵)


設立> 不明ながら戦後
昭31> 大船渡ミルクプラント・猪川農協組合長/岩手県大船渡市猪川町字下権現堂30
昭34〜36> 大船渡ミルクプラント/同上
昭39〜40> 同上/岩手県大船渡市猪川町字下権現堂21
昭41> 猪川農協を含む7農協が合併・大船渡市農業協同組合が発足
昭41〜53> 同上 ※昭和45年に大船渡乳業(株)設立も、製造拠点名義は変わらず
昭55頃> 日頃市町に工場を移転
昭56〜平04>大船渡市農協ミルクプラント/岩手県大船渡市日頃市町字沼川18-4
平10頃> 大船渡乳業(株)が事業主体となる(農協から処理・販売部門を分離)
平13> 大船渡乳業(株)/同上
電話帳掲載> 同上 ※当時
廃業・解散> 平成28年
公式サイト> http://www.jaofunato.or.jp/ (JAおおふなと)

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



漂流乳業