戦後の創業以来、およそ50年ほど商われた市域のローカル銘柄。昭和60年頃に自家処理より撤退され、その後は近在の武藤乳業さんへ製造を委託しブランド存続も、平成10年には武藤さん方も自工場を閉じたため、その折に完全廃止・廃業に至ったものと見られる。
掲載の一本は往年のオリジナル。月にまたがって「ITO」ロゴを掲げる天使は、福島の幕酪牛乳さんと同じイラストだ。同様の絵はほか数社の採用が確認でき、乳業資材代理店のテンプレート、ないしは模倣による伝播の結果、だろうと思う。
現役時代を伝える情報は少なく、キャップ収集家諸氏の捕捉も稀で、仔細は不明な点が多い。かろうじて見つかった古い広告には紙パックの商品写真、および「乳酸飲料、サワー製造工場」の表記あり、恐らく色物も含めラインナップは充実していた様子がうかがえる。
消費人口の多いエリアにあって、秋田市内には昭和30年代の最盛期、20軒以上のミルクプラントが操業。各社商いを競ったが、現在は鈴木牛乳店さんを残すのみとなっている。
― 関連情報 ―
伊藤牛乳店(秋田)の紙栓
(牛乳キャップ収集家の活動ブログ)