明治後期の創業以来、およそ60年間に渡って商われた、県北東部・能登半島のローカル銘柄。昭和36年、石川県経済農協連合会・七尾工場への一元出荷・集約処理の方針に応じて工場を閉鎖され、独自ブランドは消滅している。
以降は経済連(北陸乳業)の農協牛乳を取り扱う販売店さんとなり、ご商売自体は長く続いたものの、平成の終わり頃に至って完全廃業された?ようである。
創業者の室谷謙蔵氏は明治31年、加賀にあった牧場から乳牛3頭を買い、珠洲まで連れ帰った。牛の面倒は近在の農家に見てもらうことにし、自らは牛乳の処理販売に着手。これが珠洲エリアで初めての乳牛導入・牛乳屋の先駆だったという。
◆室谷牛乳(牧場)の屋号「桃林館」の由来
いわくありげな屋号「桃林館」の由来について、確たる情報は得られなかったものの、遡ること明治18年、輪島町の素封家で町長も務めた笠原有知氏が、種畜場・牛乳搾取業の同名「桃林館」を開設しており、数百頭の飼養規模で株式会社も作っていた記録が残る。
室谷氏とどんな縁があったか不明だが、加賀で購入した乳牛は、もともと笠原氏の桃林館で育てられた血統だったか、あるいは牛乳業の創始にあたり笠原氏に知己を得て助言を受けたか…何らかの繋がり・同名の名乗りを許された経緯はありそうだ。
「桃林」命名の元祖らしい牧場は、旧水戸藩士が授産事業として明治11年に始めた東茨城郡の桃林舎。中国古典「書経」の一節、「牛を桃林の野に放つ」に因んだ命名と伝わる。維新混乱期、帰馬放牛の故事に平和を願ったそうだ。(⇒関連:新潟・桃林舎)