戦前の設立以来およそ90年の歴史を刻む、港町・小樽の中堅メーカーさん。地元の搾乳業者・酪農家4〜5名が相集って興した会社であり、各者の創業史は明治時代の中期まで遡るから、業歴としては130年超えの老舗と言える。
平成期に森永乳業資本を容れ、販売部門は移管、現在は製造に特化した同・連結子会社。自社マーク・オリジナルブランドは堅持しつつ、札幌工場を閉じた森永の一部ラインナップの生産も請け負う。ただその過程で、各種アイテムの終息・整理が進んだ。
東京・千葉・大阪などで広範に「保証」銘を商っていた(東京)保証牛乳グループとは全く関係がない。衛生法規の厳格化(牛乳営業取締規則)にともなう企業合同、近代的ミルクプラント建設・市乳品質の保証…当時のトレンドを背景に、偶然?一致したらしい。
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画像上:小樽保証牛乳の会社広告(昭和12年)…発足間もない頃の事務所(工場)外観。特徴的なデザインの建物は、後述する直営店舗(ソフトクリーム屋さん)に転用され、今も残る。キャッチフレーズ「よい牛乳」は昭和9年設立の(東京)保証牛乳グループと同じ、ビンのマークも似通う。偶然ではなく模倣の可能性はありそうだ。 |
◆初代社長・荒川市松氏の歩み
昭和11年、小樽保証牛乳(株)発足時のメンバーには、荒川市松、末武赳、武田浅次郎、佐々木豊治氏らのお名前が並ぶ。いずれも小樽市内・近郊で牧場を営んだり、牛乳販売を行っていた方々で、個人商売からの脱却・企業化を志向したものだった。
初代社長を務めた荒川氏は、石川県の出身。北海道の牧畜業の隆盛・将来有望を聞き及び、明治24年に来道。まず小樽で牛乳の小売人となって数年間、稼業の要諦を学んだ。
鋭意独立は明治27〜28年頃。入船町に牧場用地を借り、牛舎を建て、札幌・真駒内種畜場から調達した乳牛5〜6頭で牧場経営をスタートさせる。北海道有数の港湾都市にあって同業者は既に複数いたわけだが、市街の旺盛な需要に商機ありと睨んだ。
◆花園町に小樽保証牛乳の創設
荒川氏は自営牧場を立ち上げ・労苦を経て搾乳販売を軌道に乗せたあと、前記の通り末武氏らとともに小樽保証牛乳を創設。花園町に新鋭工場を落成し(戦後は札幌工場も増設)、参画者の得意先を束ね、今に続く北海道保証牛乳(株)の礎を築いた。
白いコンクリート造りの新事務所・新処理工場は、昭和44年、社名変更と桂岡への統合移転を契機に支店・営業所扱いとなったが、建物そのまま、同50年代に直営店舗「小樽ミルク・プラント」(おたるミルクファーム)が開かれ、今はソフトクリーム屋さんとして人気を博している。
・小樽ミルク・プラント
(小樽図鑑-樽タルビュー)
・小樽ミルク・プラント (小梅太郎の「小樽日記」)
・小樽市指定歴史的建造物第82号
旧小樽保証牛乳 (小樽市)
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画像上:北海道保証牛乳の会社広告(昭和54年)…掲載瓶と同じ、ちょっと癖のある特徴的なロゴタイプと、昭和47年頃から使われ始めた、しずくのマークが見える。HAPPYの字が添えられているが、含意や愛称は不明。 |
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画像上:北海道保証牛乳の会社広告(昭和59年)…札幌と小樽を二大拠点とし、支店/営業所は旭川・岩見沢・江別・苫小牧・釧路・函館、そして青森・八戸・盛岡・一関・仙台・秋田・郡山と伸びている。森永との提携で販路は関東まで及び、平成期の売上構成比の7割は本州向けになったという。 |
◆ヤクルトからの卒業とクロレラ・エリー
小樽保証は昭和30年代からヤクルトのフランチャイジーとして積極的に併売を行い、「保証牛乳とヤクルト」をセットにした広告展開も多かった。しかし同40年代初め頃より、ヤクルト本社側が販売体制の再構築を進めると、間もなく代理店の資格を失う。
そこで保証側は、同系アイテム「クロレラ・エリー」を新規に開発。ヤクルトの金看板は無くなったものの、代替商品エリーは一定以上の成果を収める。「よつ葉エリー」「サツラクハミン」としてOEM供給するなど自社以外への供給もあったが、平成末期?に終売したようだ。
「エリー(Elie)」の呼称は、大正時代に京都で生まれた発酵乳・乳酸菌飲料の始祖、研生学会の「エリー」に因むと思うが、商標継承の経緯や関係性については、良く分からない。
・エリーは戦後、北海道民の飲み物となった
(漂流乳業@twitter)
・北海道保証牛乳にもあった乳酸菌飲料「エリー」
(ローカルブロガーのメモ帳)
・ヤクルト類似品エリー
(口コミ評判、気になります!)
◆多彩なラインナップ・瓶装アイテムの推移
過去ラインナップは多彩。牛乳、ビタミン牛乳、特濃、コーヒー、フルーツに加え、乳酸菌飲料/乳飲料のオレンジ、イチゴ、リンゴ、スカットレモンにヨーグルト、バターも作っていた。
びん詰めに関しては平成4年、森永との提携に前後して自らは製造を中止。森永乳業・札幌工場(恵庭市)や北海道乳業・函館工場(函館市)、倉島乳業(余市郡・仁木工場)など各社へ委託に変更。一部を自社工場の名義とする場合もあった。
詳しい経過は不明だが、単体の果実フレーバー飲料は程なく消え、コーヒー、フルーツも森永ブランドの取り扱いとなって、北海道保証の瓶装は白牛乳・特濃の2種まで縮小。無地の軽量新瓶・シュリンク包装への転換を経て、平成末期には全廃されたようである。
― 参考情報 ―
北海道保証牛乳
(乳業探訪記)
北海道の牛乳キャップ1
(牛乳キャップ収集と販売情報)
小樽保証牛乳・北海道保証牛乳の紙栓
(牛乳キャップ収集家の活動ブログ)