志和牛乳志和牛乳

(記事下段)

志和牛乳

(有)松島牧場
広島県東広島市志和町志和西423
東洋ガラス製・正180cc側面陽刻
昭和60年代〜平成5年頃

牛飼いの始まりは明治21年。継承六代・およそ130年の歴史を誇った、県央のローカル乳業さん。広島全体で見ても早い段階で成立した、由緒ある牧場だ。

瓶詰めは白牛乳とコーヒーの2種、ホンワカした牛の絵が可愛い。ジェラートやプリンなど、派生アイテムも展開。地場産品としてメディア露出の機会は増えていた。

しかし衛生法規の続々強化を受け、家族経営の規模では設備改廃の負担が重く、将来収支の展望も不透明。平成30年に酪農を廃業され、自家処理より撤退、独自銘柄は消滅。直近はホルスタイン自家飼育15頭、宅配先は約300軒という。

志和牛乳 130年の歴史に幕 (中国新聞アルファ)
志和牛乳 130年の味に幕 東広島、法改正が直撃 (this.kiji.is)
販売が終了する志和牛乳をゲットしました (twitter@itome100028)

◆西志和村における酪農の展開

乳牛導入の先駆は大正5年、冬木武一氏の試みに端を発し、同8年には加藤順一氏が続いた。しかし指導者不在・経験不足が祟り、いずれも数年のうちに頓挫。村には酪農が定着することなく、さらに20年が過ぎていった。

転機は昭和10年。酪農を営んで既に長い本項の松島牧場(松島啓三氏)が、隣村の志和堀から西志和の松橋に移り住む。松島氏は周辺農家に乳牛飼育を奨励、集落一帯に20頭ほどが普及。有志グループの長を務め、一層の発展に尽くした。

戦後は乳類の需要が高じ、志和全域に酪農が広がる。昭和27年に西志和、志和堀、東志和の各村に新しい酪農組合が発足。のち3村合併で志和町ができると、31年に3組合が合流、志和町酪農業協同組合の結成に至った。

◆志和酪農業協同組合の短期受託?

古い牛乳工場の名簿を辿ると、昭和60年〜平成初年の約6年間は、松島牧場さんの自工場が一旦消滅。代わって前記の志和酪農協さんが、集乳所にミルクプラントを併設している。松島さん方と組合が協調した結果だろうか。

志和酪農協は原料乳出荷が中心の生産者団体。当初の卸し先は広島西部酪連(広島牛乳)で、36年に広島森永牛乳(東洋乳業)へ鞍替えした。

自家処理・直売は長期間ノータッチ。のち約6年間の市乳工場操業中、志和牛乳の生産を請けていたと思う。また、生乳出荷先の東洋乳業さんと協業し、「志和酪農アイスクリーム」も手掛けたようだ。撤退は平成2年前後で、仔細は不詳。

― 関連情報 ―
松島牧場の紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ) / 松島牧場 (某の雑記帳)
志和牛乳〜松島牧場 (ガンノスケの食材) / 志和牛乳とあけび (仕組みさがし)
志和牛乳でおなじみ、明治21年創業 松島牧場 (かもかも新聞)


■松島牧場
創業> 明治21年
昭31> 松島啓三/広島県賀茂郡西志和村大字志和
             ※西志和村は昭和30年、3村合併で志和町となったが未反映
昭34〜41> 志和牛乳/広島県賀茂郡志和町大字西志和
昭42〜44> 松島啓三/広島県賀茂郡志和町志和西43
昭46〜48> 松島芳郎/同上
昭49> 志和町は周辺3町と合併し、東広島市となる
昭50〜59> 志和牛乳/広島県東広島市志和町志和西423
昭60〜平01> 掲載なし ※後段の志和酪農協に製造を委託?
平04〜13> 同上
電話帳掲載> (有)松島牧場/同上
廃業> 平成30年
公式サイト> http://www.imiland.jp/shiwaindex.html

■志和酪農協
昭27> 西志和、志和堀、東志和の各村に酪農組合が発足
設立> 昭和31年、志和町酪農業協同組合として ※上記3組合の合併
昭35> 新農村建設事業で志和西と奥屋に集乳所(CS)を設置
昭44> 集乳所は奥屋に統合、志和西CSを廃止

市乳事業開始> 昭和60年?
昭60〜平01> 志和酪農業協同組合/広島県東広島市志和町奥屋
平06> 志和酪農協は県下17組合と合併、広島県酪農業協同組合となる
市乳事業撤退> 平成2年前後
電話帳掲載> 未確認
公式サイト> http://www.hiroraku.or.jp/ (広島県酪)

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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