◆精神の眠っているヨーグルト・意志の弱いミルク
『精神の眠っている人は美貌も一しょに眠っている』『意志の弱いことは罪悪である』…敢然と刷り込まれた警句にびっくり、のち困惑の掲載瓶2本。小説家に憧れ文芸・思想にどっぶり漬かった久保氏青年時代の、知識・教養への希求が滲む。
毎日売り出される市乳の壜にも「精神の眠っている人は美貌も一しょに眠っている」と赤字で印刷してあるが、片言隻語の中に、久保さんの哲人的、実践的な思考が汲みとれよう。生産と教育、消費と教育に善意をもって啓蒙がはかられているのだ。<中略>(久保氏曰く)食物は人間の肉体を作る。書物は人間の精神を作る。だから食物は栄養のあるよいものを食べ、寸暇でもあれば良書を読む心がけが大切である。―[酪農と人間―久保政夫さんの生い立ちと砂谷酪農]より抜粋 |
昭和25年、砂谷牛乳の誕生と同時に始まった啓発・啓蒙スローガン掲示の狙いは、「自分たちの仕事(に対する姿勢や本質)を知ってもらう」「体の健康は牛乳から、心の健康は本から」「本を読むきっかけ作り」「歴史に学び貧困を脱却」…そんな所にあった。
いっとき合併したヒロシマ牛乳のフルーツミルクにも同様の啓蒙瓶が存在、久保氏の発意を汲んだものだろう。自社広告の枠に囚われない、情熱家の想いが溢れる。
◆トラックやオート三輪にも格言を配置
集乳・配達用の自動車のボディー(荷台の幌)にも、哲学者や宗教家の格言、あるいは久保氏独創の言葉をペイント。書物の引用・抜粋と、久保氏発案を含む一行警句を、両側面に配置。砂谷所有の啓蒙トラックは広島市中を走り回る。
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四輪トラック4号車
『泉から水を汲むことのできる者は 器に汲み置きの水は飲まない』(ダ・ヴィンチ)
『何事も安易には手に入れることができない
という事実の中で熟練することこそ大事なのだ』(亀井勝一郎/文芸評論家)
オート三輪2号車
『人生の幸福は困難が少ないあるいは全くないということにあるのではなく
それらをすべて立派に克服することにある
力は弱点の克服における練習から生ずるものである』(カール・ヒルティ/スイスの法学者)
『水は方円の器にしたがい 人は善悪の友による』(孔子)
オート三輪1号車
『すぐ役立ちそうもないものにとりくんで読むのが読書だとおもう』(久保政夫氏)
『日本の生活全体の中に もっと持続と蓄積とがあらゆる面で強調されたい』(同上)
農村部移動用の社用車
『農民よ女房を使うな 頭を使え』(久保政夫氏)
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格言はどれも難しい感じ、「一体何だ」と人目を惹いたと思う。久保氏の直言らしい文章は取っ付き易いが、社用車の言葉はなかなか辛辣だ。農場の集会に用いる大広間には八千冊の蔵書を収め組合員に解放、まるで農村図書館のようだったという。
◆時代を超えて発信され続けるメッセージ
サゴタニ訓示は今なお大瓶製品に健在、代々社長さんが格言を選定するそうだ。近年流通を確認できたのは以下の通りで、かなりのバリエーションがある。
過去、公式サイト内サゴタニの歴史(IAキャッシュ)では、なぜ瓶の下部に格言を?の疑問に答え、旧世代の五合瓶の写真を掲載、むかし使われた別の格言が見える。『真の芸術には予備校はない ただ実力の修得があるのみである』、これはゲーテの言葉だ。