昭和10年頃、農事家育成・青年研修団体であった日本農民協会の山梨支部メンバーが、瑞穂乳牛組合を旗揚げ、酪業に着手。「みづほ牛乳」は戦後の新発売。銘の由来は協会の私塾「瑞穂精舎」。市乳事業は協同乳業（名糖牛乳）へ売却、早期に撤退した。
最初期の拠点・池田村は、甲府の酪農発祥地のひとつ。全国的には遅い出足ながら、のち県下有数の畜牛地帯を形成している。
◆甲府における農民運動の流れ
山梨と長野は農村更正運動の盛んなエリアだった。篤農家、若手有力者を中心に、互助と精神修養を謳う団体（農民道場）が複数現れ、熱気は甲府盆地全域に波及する。
大正9年に設立の大日本日蓮主義青年団は、仏教運動家の妹尾義郎氏が山梨支部を率い、小作争議の支援で広く支持者を集めた。
昭和初期、氏の思想転向で支部が散開すると、一部は青年団の流れを汲む、渡邊安氏の無適会（甲府市・信修学舎）が吸収。その他は長野の農本主義者・和合恒男氏の日本農民協会（瑞穂精舎）に共鳴加入し、諸活動を続けた。
◆日本農民協会の有志が酪農組合を結成
西山梨郡千塚村、中巨摩郡池田村（いずれも現・甲府市）の日本農民協会メンバーは、農村経済の向上を図って酪農に着手。昭和10年前後に山梨瑞穂乳牛組合（瑞穂酪農組合）を結成、生乳出荷・製酪事業に臨み、甲府市街に販路を開く。
この乳牛組合を母体として、昭和20年代中期に山梨瑞穂乳牛農協が発足。組合長の三井亀三百氏は、かつての日蓮主義青年団員。無適会・信修学舎の後援者でもあった。
◆和泉乳業への協力・「みづほ牛乳」の誕生
また三井氏は、（株）和泉製菓（甲府市東一条通、現・ちぼり）の子会社、和泉乳業（株）に常務取締役の肩書で参与。会社はキャラメルやビスケット用に、牛乳・乳製品の加工も手掛けていた。原料乳確保のため、生産関係者を迎え入れたのだろう。
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画像上：和泉製菓・和泉ウインナキャラメルの広告（昭和32年）…「ウィンナ（Winna）」ブランドで展開されたチョコレートやアイスクリームは全国的な成功を収めたという。 |
「みづほ牛乳」の誕生は昭和29年。煉乳価格の暴落で組合の製酪工場が経営不振に陥り、飲用牛乳に活路を求めたもの。この際、製菓原料の供給継続を前提に、和泉乳業のミルクプラントを譲受、みづほ牛乳工場としたようだ。
◆協同乳業に合併・名糖ブランドへ転換
乳代の支払いすら滞る状況に、運転資金を融通していた農林中金は「他社へ身売りすべし」と勧告も、条件が折り合わず自主独立路線を選択。組合は県下75ヶ所の販売店網を築いて当面の危機を凌ぎ、小康状態を得た。
しかし乳業界は競争激化の一途。先行き不安の声はやまず、設備投資もままならない。そんな折、農民連帯を前面に打ち出す協同乳業が登場、売却話がまとまった。
瑞穂乳牛農協は昭和31年、自らの市乳処理事業一切を譲渡。「みづほ牛乳」は、しばらく協同乳業名義で存続したが、翌32年、会社方針により全製品が「名糖」ブランドに統一される。創始わずか4年ほどで、「みづほ」銘は廃止となった。
◆名糖傘下で平成まで存続
組合の直売は早々に断念も、協同乳業・甲府工場としては堅調。峡西精乳（株）（中巨摩郡）の吸収などで着実に規模を拡大。瑞穂乳牛農協は生乳出荷に専念、最盛期の組合員は800名に及び、一時は「名糖みづほ」なるリバイバル商品？も出た。
活気に溢れる時代を過ぎ、牛飼いは激減。平成15年、県下酪農協の一本化を期す大合併で、組合は解散。協乳は変化を見越し、甲府工場を前年に閉鎖。各位の役割を終えた。
晩年の農協本所は、協同乳業の営業所（東八代郡境川村、現・笛吹市）に同居。いっぽう甲府工場の跡地には、チルド飲料ほかを扱う安曇野食品工房の工場ができている。
― 関連情報 ―
協同乳業・甲府工場の紙栓
（牛乳キャップ収集家の活動ブログ）
戦前期日本の日蓮仏教にみる戦争観
（千葉大学学術成果リポジトリ）
儒教小見：無適講述
第1輯 （無適会・国立国会図書館デジタルコレクション）
丸大食品とサッポロの業務提携に関する経過報告
（丸大食品） ※PDF
