ユニオンミルクユニオンミルク ユニオン牛乳 (コップ)ユニオン牛乳 (コップ)
ユニオンミルク

岡崎ミルク(株)
愛知県岡崎市若松町字南之切36
石塚硝子製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代
ユニオン牛乳 (コップ)

岡崎ミルク(株)
愛知県岡崎市若松町字南之切36
打刻なし・製造元不明
昭和30年代初期〜中期

戦後およそ30年間に渡って商われた、県央のローカル銘柄。上掲の200cc瓶とコップのほか、学乳向けの「標語びん」を一本、別項の特集・学校給食専用瓶に載せている。

社長・伊与田氏の業歴は、少なくとも昭和初期に遡る。往年の企業合同・共同処理場への参画を経て、戦後に(再び)独立。岡崎ミルクとして派生したところだ。

◆中部酪農農協からの独立

昭和24年頃、市乳需要の拡大を背景に、中部酪農農協(中部牛乳)を抜けて自主経営に乗り出した、独立派の一社。組合からは同時期に「新乳館牛乳」や「本田牧場(本多ミルク)」も離脱。それぞれ工場を新設し、独自に商い始めた。

ユニオン(union=連合・組合)の呼称は、農協傘下の名残りか。岡崎ミルクの旗揚げに呼応し、同社へ生乳出荷を行う酪農家との連帯を、その銘を刻んだ…という成り行きかも知れない。

◆独立各社の動向と終息

中部牛乳の母体は戦前来の搾乳業者さんグループであり、メンバーの独立志向は強かった。各位が商機を捉え、飛躍を期したのだろう。とはいえ市況厳しく、本多ミルクさんは昭和44年前後に廃業。本項の岡崎ミルクさんも57〜58年頃に消滅。

いっぽう新乳館さんは平成7年、地場スーパー「ヤマナカ」に買収され、子会社の(株)新乳館として粘り強く存続する。しかし同21年、ヤマナカは牛乳・乳製品の製造を系列の食品メーカー(サンデイリー)に移管。新乳館の乳業事業は廃止に至った。

― 参考情報 ―
連結子会社間の吸収分割に関するお知らせ (株式会社ヤマナカ) ※PDF
岡崎ミルクの紙栓 (牛乳キャップとは) / 同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ )
愛知の牛乳のふた2 (職人と達人) / ユニオン牛乳の宅配受箱 (岡崎昭和村)


昭09> 伊与田文二郎/愛知県北設楽郡田口町上原
設立> 昭和24年頃、岡崎ミルク(株)として
昭31> 岡崎ミルク(株)・伊与田文治郎/愛知県岡崎市若松町南之切
昭34〜43> 岡崎ミルク(株)/同上
昭44〜56> 同上/愛知県岡崎市若松町字南之切36
廃業> 昭和57年前後
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

処理業者名と所在地は、牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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