たのはた牛乳たのはた牛乳

三陸沿岸、海岸段丘で有名な田野畑の地場銘柄。村農協の創始を経て、今は第三セクターの田野畑村産業開発公社が製販を担う。

公社は「たのはた牛乳」に加え、山地(やまち)酪農を実践する田野畑山地酪農牛乳も受託生産。界隈の拠点工場となっている。

たのはた牛乳

(社)田野畑村産業開発公社
岩手県下閉伊郡田野畑村和野297
石塚硝子製・正200cc側面陽刻
昭和50〜60年代

◆田野畑農協による乳業経営

下閉伊(しもへい)郡の酪農は、日本屈指の長い歴史を誇る。草分けは隣町の岩泉で、往時は明治乳業が岩泉工場を構え、個人経営のミルクプラントも複数操業した。

田野畑では昭和40年代の初め頃、村農協が市乳処理に着手し、「田野畑牛乳」を発売。これは戦後、地元小学校で脱脂粉乳・混合乳の給食が続く状況下に、「生乳100%・本物の牛乳を飲ませたい」という想いから始まった事業だそうだ。

◆田野畑村産業開発公社

昭40〜50年代、経営基盤の強化や販売促進のため、官民合同・公社設立の動きは全国的なトレンドだった。田野畑農協さんも昭和50年、産業開発公社の発足に出資参画、市乳事業を同社へ移管されている。

特産品情報-たのはた乳製品 (田野畑村ホームページ)
村の企業情報-田野畑村産業開発公社 (田野畑村商工会)

類例は北海道・東北に多い。岩手県では昭和41年に湯田牛乳公社、同51年に葛巻町畜産開発公社(くずまき高原牛乳)の設立を見た。

本項の田野畑村産業開発公社は酪農に限らず、農林水産業全般の振興が目的。牛乳・乳製品を中核に、大根、馬鈴薯、椎茸、わかめ・昆布、ウニなど、取り扱いは多彩だ。

◆掲載瓶・現行商品について

昭和50〜60年代に流通と思しき一本。比較的新しい時代の瓶だが、電話番号が3桁しかない。農協より引き継いだ有線・集団電話の類だろうか。

昭和62年にミルクプラントを新築移転の際、高温殺菌(HTST?)を中温殺菌(85℃15分)に切り替え。さらに設備を更改した平成18年までに、瓶詰めは廃止されたと思われる。現行ラインナップは紙パック(200/500/1000ml)のみのようだ。

― 謝辞 ―
掲載の瓶はflounder様よりご提供頂きました。

― 参考情報 ―
Web工場見学<たのはた牛乳編> (ネットショップたのはた)
日本型放牧を先導する山地酪農岩手県田野畑村の事例 (畜産の情報)
田野畑村産業開発公社の紙栓 (牛乳キャップとは)
同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
同・紙パック製品 / 田野畑山地酪農牛乳 (愛しの牛乳パック)


設立> 昭和50年、(社)田野畑村産業開発公社として
昭43〜51> 田野畑農協/岩手県下閉伊郡田野畑村大字田野畑第2地割字和野264
昭52〜56> 田野畑村ミルクプラント/
                岩手県下閉伊郡田野畑村大字田野畑第2地割字和野297
                    ※公社の牛乳製造開始は54年とされるが、名簿上は52年より掲載あり
昭59〜61> 同上/岩手県下閉伊郡田野畑村和野297
昭62> 市乳処理工場を新設・移転
昭62〜平01> 同上/岩手県下閉伊郡田野畑村田野畑143
平04〜13> 同上/岩手県下閉伊郡田野畑村尾肝要39-1
平09> 田野畑農協は9組合と合併し、新岩手農業協同組合となる
平26> 産業開発公社は一般社団法人に移行する

電話帳掲載> 一般社団法人 田野畑村産業開発公社/同上
                   新岩手農協 田野畑支所/岩手県下閉伊郡田野畑村菅窪33-14
公式サイト> http://www.tanohatamilk.com/

処理業者名と所在地は、食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成24年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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