志賀牛乳志賀牛乳

(記事下段)

志賀牛乳

志賀ミルクプラント
福島県いわき市平豊間字下町25
石塚硝子製・180cc側面陽刻
昭和50〜60年代

親子三代・約100年に渡って親しまれた、地元老舗の牛乳屋さん。販路は宅配メイン、一部は店頭小売・工場直売も。品揃えは高脂肪が旨の低温殺菌乳と、自家抽出で作るコーヒー牛乳、旬の期間限定のイチゴミルク、全て瓶詰めだった。

平成23年、東日本大震災の津波被害を受けて操業中断、なお再開を期すと伝わる。ご当主は現在、復興商店街「とよマルシェ」内にミニスーパー「ベジタブルShiga」を営み、そのご様子がメディアに言及されるほか、志賀牛乳の復活を待ち望む声も多い。

復興するまちを訪ねて4 福島県いわき市(2) (WEB UR PRESS vol.41)
いわきに仮設商店オープン「地域に恩返ししたい」 (西日本新聞)
志賀牛乳 (老年学者 澤岡詩野のつれづれblog)

◆掲載瓶・灯台マーク・世代について

掲載は昭和50年代〜平成初年ごろ流通と思しき一本。トレードマークは近在の塩屋崎灯台がモチーフだろう。海辺の乳業ならではのデザインだ。

後継瓶装は基本的に同じデザインながら、瓶の洗浄・返却を促す文言と、裏面に品質についての口上書きが加わったと記憶する。のち平成21年前後に再度リニューアル、「志賀」商号標示でなく、「志賀牛乳」銘柄標示のタイプが登場した。

牛乳 (SKY store blog) / ミルクツアーニッポン2010 (パナデリア)
志賀牛乳の瓶の形とロゴマーク (旅するように生きるブログ)

◆トヨマとマルタカ・二つの志賀牛乳

往時は隣村・高久にも生産拠点を擁し、初代・志賀國松氏が双方取り仕切ったようだが、戦後に高久側は(ご親族の)独立経営?に移行。こちらは地名をひいて「<マルタカ>志賀牛乳店」の屋号を掲げ、昭和37年前後まで商われていた。

掲載瓶が所在の「トヨマ」(豊間)を明示する理由は、近場に同根・同銘商いの別工場が稼働する状況下でビンの戻り間違いがないよう、注意を促した名残りかも知れない。似たような事例は新潟の<赤塚>桑原牛乳店さんにも見られた。

― 参考情報 ―
ボランティア日記(3) (「何苦楚魂!日新塾」ブログ)
志賀ミルクプラントの紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
志賀牛乳 (乳業探訪記) / 志賀ミルクプラント (ごった煮)


■トヨマ志賀牛乳 <掲載瓶>
創業> 明治45年 ※酪農(牛飼い)に着手?
市乳事業開始> 昭和5年 ※牛乳販売店を開業?
昭09> 志賀國松/福島県石城郡豊間村
昭15> 豊間村は町制施行する
昭29> 豊間町は平市に編入される

昭31> 志賀ミルクプラント・志賀幾男/福島県平市大字豊間字下町25
昭34> 志賀ミルクプラント(志賀牛乳店)/同上
昭36〜41> 同上/福島県平市豊間町字下町25
昭41> 平市は13市町村と合併し、いわき市となる
昭42〜46> 同上/福島県いわき市豊間町字下町25
昭47〜平13> 同上/福島県いわき市平豊間字下町25
平23> 東日本大震災の津波被害により操業中止・再開未定
電話帳掲載> 同上
公式サイト> 未確認

■マルタカ志賀牛乳 <参考>
開設> 不明ながら豊間側とほぼ同時期?
昭09> 志賀國松/福島県石城郡高久村
昭29> 高久村は平市に編入される
昭31> マルタカ志賀牛乳店・志賀みつ/福島県平市大字下高久字八幡93
          ※マルタカは高を○で囲った屋号表記
昭34〜36> 志賀牛乳店/同上
廃業> 昭和37年前後?
電話帳掲載・公式サイト> 未確認

処理業者名と所在地は、牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成29年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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