恐らくは戦後のご創業、市域に20年ほど商われた、県南のローカル銘柄。昭和49年前後に製造を中止、独自ブランドは消滅。往時の当地方は森永乳業の進出が著しく、以降は同社の販売店として?営業続行も、平成期に完全廃業されている。
米どころにして牛どころ、昭和30年代に150軒を超える中小ミルクプラントが稼働した秋田県。しかし平成期の存続メーカーは一割に満たない。
かつて本荘市では本項の後藤牛乳に加え、朝川牛乳(石脇字竜巻)、今野牛乳(花畑町)、由利酪農協(桜小路)、子吉牛乳(藤崎字藤代)、日新乳業(館前字天神)さんら6軒が市乳処理を手掛けるも、昭和50年までに全社転廃業に至っている。