永利牛乳永利牛乳永利牛乳
永利牛乳

永利義嗣(永利牧場)⇒永利牛乳(株)
福岡県筑紫郡大宰府町通古賀921-1
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和37〜38年頃

まきばの牛乳(永利牧場)まきばの牛乳(永利牧場)

昭和17年の発足以来、県下に長く商われる現役のローカル乳業さん。ビン製品も昔ながらのスタイルで各種が存続。

掲載は今に残る同社の2大ブランド、定番「永利牛乳」と、直営牧場の生乳のみを用いた上位グレード「まきばの牛乳」の2本。

後者は昭和43年の登場。旧銘「クラウン牛乳」(牧場移転を契機に同40年発売)のリニューアル品で、王冠マーク採用の所以だ。

まきばの牛乳

永利義嗣(永利牧場)⇒永利牛乳(株)
福岡県筑紫郡大宰府町通古賀921-1
石塚硝子製・180cc側面陽刻
昭和40年代中期〜後期

◆永利牛乳・草創期と現在

永利嘉作氏の創業は昭和5年、大牟田市内に開いた牛乳屋さんが端緒。事業の将来性を見込んで、県外産地より250頭の乳牛を導入。一帯の希望農家に貸し付け、飼養・搾乳を委託し、規模を拡大。当地方の企業的乳業家の先駆である。

昭和9年には大牟田牛乳(オーム乳業)を合資設立(後の社長・昂二氏はご子息)。さらに17年、筑紫郡二日市町にあった吉田牧場を買収し、自ら永利牧場を立ち上げた。

牧場は原料乳の卸し業を経て、二代目・義嗣氏の時代に生産直売の体制を確立。「永利牛乳」の市販は戦後のスタート。平成に至っては当局の集約再編を受け、県下一円の市乳処理を担う基幹工場と位置付けられる。(⇒会社概要/公式サイト)

◆掲載瓶・キャッチコピーについて

「最高の品質 五十六年の伝統」…昭和30年代中期〜40年代まで、逐次カウントアップしながら続いた堂々の老舗アピール。会社概要に紹介される「昭和34年頃の永利牧場牛乳のびん」(炭鉱跡地で発見)の写真には、「五十三年の○○〜」と見える。

つまり掲載瓶はその3年後、昭和37年の出来だ。しかし37年時点で「56年の伝統」だと、創始は明治末期で辻褄が合わない。起点は往時に買収した吉田牧場の開設年か。

牛乳瓶のリユースは流通環境に大きく左右されるが、かつては40〜60往復で耐久限界に達し、数ヶ月で新しい瓶と入れ替わった。1年刻みの宣伝文句を刷り込んでしまっても、極端に古い標示のものは混じらないわけで、特に問題なかったのだろう。

― 関連情報 ―
永利牛乳の紙栓 (牛乳キャップとは) / 同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)


昭09> 吉田正太郎/福岡県筑紫郡二日市町
創業> 昭和17年、永利嘉作氏が吉田牧場を買収、永利牧場として発足
昭29> 福岡市・昭和牛乳(有)へ処理委託し、「永利の十円牛乳」を発売
昭30> 太宰府市通古賀にミルクプラント開設、自社製造販売に着手

昭31> 永利嘉作/福岡県筑紫郡筑紫野町6反672
昭34〜36> 永利牛乳/同上
昭39〜56> 同上/福岡県筑紫郡太宰府町通古賀921-1
昭57> 永利牛乳販売(株)を設立(販売部門を法人化)
          太宰府町は市制施行し、太宰府市となる

昭59〜平04> 永利牛乳/福岡県太宰府市通古賀921
平11> 生産部門と永利牛乳販売(株)を統合、永利牛乳(株)を設立
平12> 処理工場の大規模増改築を完了

平13> 永利牛乳(株)/福岡県太宰府市都府楼南5-5-1
電話帳掲載> 同上
公式サイト> http://www.nagatoshi-milk.co.jp/

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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