秩父牛乳 (1)秩父牛乳 (1) 秩父牛乳 (2)秩父牛乳 (2)
秩父牛乳 (1)

秩父乳業(株)
埼玉県秩父市大字大宮957
広島硝子工業製・正180cc側面陽刻
昭和30年代中期〜40年代
秩父牛乳 (2)

秩父乳業(株)
埼玉県秩父市番場町3-9
石塚硝子製・正200cc側面陽刻
昭和50年代〜平成5年頃

明治18年、秩父牛乳養成舎として発足。およそ130年に渡って市域の需要を支えた老舗。戦時統制を受け周辺一帯のメーカーと合併し?秩父牛乳(株)を設立。創業家は昭和63年に退き、以降は地元の酪農専門農協が会社を引き継いだ。

心機一転の再発足も、原料高騰や晩年に推し進めた経営多角化(株式投資・不動産売買)が裏目に出てしまい、平成20年、民事再生申し立てに至る。

秩父乳業が民事再生へ パルシステムの委託会社 (生協流通新聞) ※IAキャッシュ
東京商工リサーチ 企業信用情報 (日経トップリーダーonline) ※IAキャッシュ
主な債権者-秩父乳業(埼玉、牛乳・乳飲料製販) (日刊横浜サイバー)

負債総額は約16億円。本業以外への資金流出を食い止め牛乳・乳製品に注力、新体制で再建模索中と伝えられたが、続報は絶えて久しい。

◆養成舎や時習堂などの多角経営

創始は郡域の名主・実業家だった宮前藤十郎氏。進取気鋭の精神に富む明治の文化人だ。養成舎は牧夫と乳牛を群馬・前橋から秩父に呼び寄せ、明治18年(資料により同10年)に開業、界隈における牛乳屋の先駆となった。

氏の手掛けた事業は幅広い。郵便局や質屋の運営、製糸・製織を営む物産会社の設立、秩父鉄道の発起人にも名を連ねる。さらに国神村塾・大宮学校(現・市立秩父第一小学校)を開いて教育活動に尽くし、山間僻地の発展に貢献した。

地元に親しまれた時習堂(旧称・宮前書店、平成25年に閉店)も、藤十郎氏の経営。明治12年頃、知人の筆墨商から諸権利を譲り受け、教科書・文房具、時計・貴金属を商った。

秩父の老舗書店【時習堂】が閉店へ (週末は田舎で野良仕事)
上武鉄道の設立活動と鉄道実務者 (弘前大学学術情報リポジトリ)

◆全秩酪農農協へバトンタッチ

「秩父牛乳」は大宮郷のローカル銘柄として定着。昭和18年に秩父乳業(株)ができる(恐らく戦時の企業統合)。時は流れて売上不振・後継者難に直面したか、昭和63年、全秩酪農農協(秩父郡皆野町)の買収に応じ、宮前家は退いた。

組合は従前より秩父乳業へ生乳出荷を行っており、地域工場存続のため出資参画に踏み切ったのだろう。商号商標はそのままで、表向きの変化はほとんど無かった。

◆ゼンラク牛乳とコーリン鉛筆の提携

三角顔マークでお馴染みのコーリン鉛筆。平成9年の倒産前、会社の実質オーナー氏は「近く店頭公開される」との触れ込みで、未公開株を大量に斡旋・増資を繰り返した。

当時、全秩酪農農協および全酪連(ゼンラク牛乳)の会長を務めていた秩父出身の酪農家・M氏は、同郷らしいオーナーと知己を得て、全酪と全秩傘下の秩父乳業(当時社長・M氏のご親族?)の資金を用い、コーリン鉛筆へ約一億円の資本参加をする。

両者は「コーリン食品」を立ち上げ、茨城にゼリー工場建設を手配も、折悪しくゼンラク牛乳水増し事件が発覚、諸計画は頓挫。水増し露見の平成8年、M氏は会長を辞任。投資は失敗、秩父乳業の財務もダメージを受け、後年に影響したようだ。

◆牛乳瓶の遍歴・委託状況など

「美容と健康に秩父牛乳を!!」ネズミの呼び掛けは少年の耳に届いているのか…後継品では黙り込んでしまった。ビン製品は昭和50〜60年代に戸田乳業さん(秩父郡小鹿野町)への製造委託に切り替え、自らは瓶詰めラインを廃止している。

200cc移行後は上掲(2)番のデザインを続投。“10℃以下”の注記は遅くまでキャップ側に記載。晩年はイメージ刷新を図る「秩父牛乳」新瓶も現れ、旧世代と並行流通した。

紙栓は平成初年の頃より全て、戸田オリジナル「彩の国牛乳」統一キャップで封緘、コスト削減?の運用と思う。秩父乳業の民事再生後、学校給食向け「秩父牛乳」の大半は、もともと製造を請け負っていた「戸田牛乳」に変わったらしい。

― 関連情報 ―
秩父乳業の紙栓 (牛乳キャップとは) / 同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
牛乳キャップコレクション〜関東甲信越 (懐かし牛乳キャップ)
秩父牛乳のコップ (牛乳グラス☆コレクション) / 牛乳飲みながらドライブ (Nekusy's TIMES)
登谷高原牧場と秩父牛乳 (HARIKYU'S PHOTO CLUB)


創業> 明治18年、秩父牛乳養成舎として ※資料によっては明治10年とも
昭09> 宮前進/埼玉県秩父郡秩父町大宮
昭18> 秩父乳業(株)に改組・改称
昭25> 秩父町は市制施行する

昭31> 秩父乳業(株)・宮前進/埼玉県秩父市大字大宮957
昭34〜48> 秩父乳業(株)/同上
昭50〜63> 同上/埼玉県秩父市番場町3-9
昭63> 全秩酪農農業協同組合が経営権を取得
平01> 本社・工場を秩父市大字小柱へ移転

平01〜04> 同上 ※移転反映せず
平09> 全秩酪農農協は県下3組合と合併し、けやき酪農業協同組合となる
平13> 同上/埼玉県秩父市大字小柱671-1
平15> けやき酪農協は県下3組合と合併し、埼玉酪農業協同組合となる
平20> 秩父乳業は民事再生手続き開始を申立

電話帳掲載> 同上 ※当時
公式サイト> http://www.c-milk.co.jp/ (民事再生申請後に閉鎖)

処理業者名と所在地は、牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



漂流乳業