南ヶ丘牧場南ヶ丘牧場

(記事下段)

南ヶ丘牧場

(有)南ヶ丘牧場⇒(株)南ヶ丘牧場
栃木県那須郡那須町湯本579
石塚硝子製・180cc側面陽刻
昭和50年代〜平成5年頃

那須高原の開拓に挑んで70年余、当地に長く営まれる著名な観光牧場。目玉はガンジー種の牛乳・乳製品。現在は福島と山形にも生産拠点を擁する。

欧米に倣うことの多い日本では異色、満州北方・露人酪農の流れを汲む。「サンガ」「ザ・バイカル」といった附属施設は、それに因んだ呼称だ。南ヶ丘牧場の成立過程は、初代の歩みを記した「三河その青春の碑」(昭和51年・古澤敏夫著)に詳しい。

◆大陸を目指して朝鮮〜満州へ

創業者の岡部勇雄氏は東京生まれ福岡育ち。大陸の新天地に憧れ、昭和2年に朝鮮半島へ。果樹栽培や植林の仕事を経て昭和8年、満州国の鏡泊学園に入学。理想農村の建設・王道楽土の夢を抱き、開拓人生の第一歩を踏み出す。

しかし学園は指導者・教員多数を匪賊(先住農民・ゲリラ)の襲撃で失い、運営難に陥って解散。岡部氏はなお開拓実践を望み、ソ連国境に近い満州北西の三河(サンガ)に転居。白系ロシア人・コサック系農民の集落で住み込み働きを始めた。

ここでは現地人の自治による協同組合が、乳牛の放牧管理と、牛乳・バターの加工を手掛けていた。生産販売の一貫体制を築く有り様に、氏は大きな刺激を受ける。

◆ソ連軍の侵攻・開拓地の放棄

やがて日本人入植者の有志一同と共同体を形成。ロシア式の酪農と開墾に邁進。推されて満蒙開拓青少年義勇軍・興安訓練所の長に就く。乳牛は100〜200頭を飼うまでになって、苦しい生活ながら確かな手応えもあった。

昭和20年5月、とうとう岡部氏に召集がかかる。ジャライノールの国境監視隊に配属されたが、8月9日にソ連軍の急襲を喰らって部隊は潰走、単身逃避行へ。

いっぽう興安郷開拓団が営農する山河にも、ソ連軍が侵攻。岡部氏の家族は同じく逃亡の長旅へ出る。互いに危機を乗り越え、チチハルで合流・再会。昭和21年、帰国が叶った。

◆那須高原に入植・牛乳販売を開始

岡部氏は日本でも開拓農民の道を進む。ほうぼうを検討のすえ昭和23年、那須高原に一家で入植。そこは原生林が覆う痩せた土地。開拓地とは要するに、今まで耕作不適として放置されていた所だから、一筋縄では行かない。

経験豊富な酪農主体の開拓を決意し、翌年、南側に広がる傾斜地を南ヶ丘と名付け、まずはホルスタインを一頭。牛乳を売るには容器が要る。宇都宮で背嚢一杯の空き瓶50本を購入。ボール紙を丸く切った、お手製のキャップも拵えた。

そうして原始的とでも言うべき瓶詰め牛乳を、湯元温泉の旅館や附近の家々に売り歩いていると、保健所から「販売許可を取ってくれ、それに処理設備はどうなってるの」とツッコミが入る。

◆シルバー牛乳からゴールデン牛乳へ

やむを得ず、中古のボイラーと殺菌機を調達、工夫して繋げて体裁を整える。生産能力は一日200〜300本ほど。販路を増やすため、大丸温泉の登山口や那須岳の峰の茶屋に直売所を設け、アイスクリームやバターの製造にも着手した。

最初期は「シルバー牛乳」の銘。南ヶ丘の名前が定着して以降、「南ヶ丘牧場牛乳」とした。のち大手メーカーの普及品に対抗すべく、高付加価値を目指し、ガンジー種メインに切り替え、現在の「ガーンジィゴールデンミルク」に至る。

かつての「シルバー」は、一等良いゴールドを冠したいところ、白い牛乳にイメージが合わないと考えたそうだ。後年ガンジー種への転換で、名実ともにゴールデンミルクが完成したわけである。

◆自家生産にこだわる牧場経営

商売を続けるうち、界隈の温泉旅館や別荘地にクチコミで南ヶ丘牧場の存在が知れ渡り、訪問者が増えた。岡部氏は満州開拓時代そのまま、ペチカで黒パンを焼き、牛乳を添えて客をもてなす。そんな饗応が観光牧場の萌芽だった。

昭和40年までに鱒の釣り堀、乗馬、売店・レストラン・宿泊所の運営を開始。発展拡張につれ牛飼い用地が不足を来たし、47年、猪苗代に磐梯高原牧場を拓く。

徹底した自前主義は、昭和57年の第3牧場(山形牧場・山形県東置賜郡)、平成20年の第4牧場(岩代牧場・福島県二本松市)開設に顕著。外部仕入れに頼らず、通常はコスト高を嫌気される生産現場の増強を着実に行っている。

◆掲載瓶・現行ビン製品について

現行の市乳ビン詰めは、ガーンジィゴールデンミルク(500cc/900cc)と、ガーンジィゴールデンコーヒー(500cc)の都合3種。掲載の一合瓶は、那須/磐梯牧場内で直売のほか、公式通販サイトの「特別限定・乳製品おためしセット」に含まれた。

入手は平成20年頃だが、ビンは昭和な作り。どうやら小容量ビン廃止前提、在庫の使い切り販売?だったらしい。いま、通販に一合瓶の姿はなく、現地レストランではコップに注いで提供されている。ちなみに、りんどう湖ファミリー牧場はご近所さんだ。

― 関連情報 ―
南ヶ丘牧場の紙栓 (牛乳キャップとは) / 同・紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ)
南ヶ丘牧場 ガーンジィゴールデンミルク (BeNasu 那須高原の歩き方)
満州鏡泊学園 (国士舘中学校・高等学校 同窓会)
五族協和の夢の跡〜南ヶ丘牧場(その1) / 同・(その2) (花鳥風月Visual紀行)
南ヶ丘牧場 臨時特急こだま (高野悦子「二十歳の原点」案内)


創業> 昭和23年、那須高原に入植
昭24> 開拓地を南ヶ丘と命名、市乳事業に着手
昭31〜39> 岡部勇雄/栃木県那須郡那須町湯本213
                     ※昭和37年、(有)南ヶ丘牧場を設立、法人化
昭40〜平13> (有)南ヶ丘牧場/栃木県那須郡那須町大字湯本579
電話帳掲載> (株)南ヶ丘牧場/同上
公式サイト> http://www.minamigaoka.co.jp/

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。電話帳の確認は平成19年時点。掲載情報には各種Webサイトや書籍資料(参考文献一覧)の参照/引用、その他伝聞/推測などが含まれます(利用上のご注意)。



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