下呂牛乳 (1)下呂牛乳 (1)

(記事下段)

下呂牛乳 (1)

益田酪農農業協同組合
岐阜県益田郡下呂町森634-1
東洋ガラス製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代

下呂牛乳 (2)下呂牛乳 (2)下呂牛乳 (2)
下呂牛乳 (2)

益田酪農農業協同組合
岐阜県益田郡下呂町森634-1
石塚硝子製・正200cc側面陽刻
昭和50年代〜平成5年頃

昭和6年、下呂酪農協同組合として発足。地名としての馴染みを持たない余所者から、吐瀉物を想起され笑われる因業を背負ったブランド。

奈良時代の頃、中央と地方を結ぶ情報網として整備された“駅制”の中継地点「下留(げる)」駅が転じ、昭和に入ってから「下呂(げろ)」という名前・表記が地元で定着してしまったらしい。そのまま「ゲル牛乳」と称していた可能性もあったわけで、どっちにしろ非業な命名?である。

一合瓶時代のデザインをそのまま踏襲したと思しき初代200cc瓶はあっさり淡白なデザインだが、後継(2)番瓶で随分とイメージが変わった。殺菌温度がここまで馬鹿でかく喧伝される瓶も珍しい。パスチャライズ処理による大手との差別化を強調したかったのだろう。

平成10年、飛騨酪農(飛騨牛乳)へ合併・統合。しばらくは「下呂高原牛乳」銘の一合瓶が継続販売されていた。しかし平成12年頃のラインナップ見直しで、“下呂”の名を冠する製品はリッターパックのみに縮小されたようである。

― 関連情報 ―
岐阜の牛乳のふた (職人と達人) / 中部地方の牛乳キャップ02 (ほどほどCollection)


設立> 昭和6年、下呂酪農協同組合として
昭31> 益田酪農々協組・野村孝之/岐阜県益田郡下呂町森961-1
昭34〜36> 益田酪農農協組/同上
昭40〜43> 益田酪農協組処理場/岐阜県益田郡下呂町森
昭46〜56> 益田酪農協組/同上
昭60〜平04> 同上/岐阜県益田郡下呂町森634-1
平10> 飛騨酪農(飛騨牛乳)と合併・統合
電話帳掲載> 飛騨酪農農協下呂工場/岐阜県下呂市森634
公式サイト> 益田酪農としては未確認

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



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