朝日町に大谷と続く地名は、調べた限り山形県下にしか存在しない。[全国乳業年鑑]
の牛乳処理工場名簿で当該住所をあたると 「朝日牛乳」
「大谷牛乳」 という事業者名に行き当たり、掲載の 「組合牛乳」
としては長らく出自を辿ることができない瓶であった。
しかし別途、西村山郡下に朝日町酪農協組のミルクプラントが操業していたことが判明。標示の住所一致と農協関連に多い
「組合」 銘柄の利用を勘案、同酪農協による牛乳瓶と推断した。
昭和35年、森永乳業の系列会社、福岡県・昭和乳業(株)が集乳権・処理施設を買収。朝日町酪農は生乳出荷に専念することになったが、その後
解散ないしは周辺農協との合併を果たしたと見られ、同名の組織は現存しない。
正確な地番は [全国乳業年鑑]
にも記載がなく不明瞭だが、昭和乳業の 「朝日工場」
は西村山郡朝日町大谷1508 にあったという記録が残っている。
この時期に山形県への進出を推し進めていた森永は地場中堅日本製乳(株)の経営にも乗り出し、東置賜郡北部酪農農協組、米沢酪農農協組の処理販売事業を引き受けると、日本製乳に出荷していた置賜酪農農協組、山形県県南酪農農協組も森永に呼応して所有工場を分割縮小、もっぱら生乳生産に注力することとなり、ローカルブランドの消滅が相次いだ。
なお、掲載瓶製造の大和硝子は在阪の製瓶所であり、もしこれが朝日町酪農利用のもので間違いがないとすると、相当な遠路をわざわざ輸送してきたことになる。