喜多酪牛乳喜多酪牛乳

(記事下段)

喜多酪牛乳

喜多郡酪農業協同組合
愛媛県大州市中村209
東洋硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代中期〜40年代初期

往時の喜多郡大洲町に発足した地元の農系ミルクプラント。「酪」の字を「キ」「タ」で丸く囲んだシンボルマークは典型的なロゴの造形で、昭和20〜30年代出来の組織に良く見られる手。

空き瓶をもてあそぶ赤ちゃんのイラストは長野県下の山本牛乳本郷牛乳で採用の絵とそっくりだが、こちらは今ひとつ可愛さに欠けるような気も…。紙キャップの標示を確認する限り、「喜多牛乳」ではなく「喜多酪牛乳」で商われていたようだ。

昭和40年、愛媛県酪農業協同組合連合会設立に参画、生産拠点は同農協の大洲工場へ転換。間もなく各組合単位の市乳事業が統合され、新規統一ブランドらくれん牛乳が誕生するに伴い、「喜多酪」銘は消滅、生産拠点としても廃止となった。

― 関連情報 ―
喜多酪牛乳の宅配受箱 (なんたらかんたら) / 喜多酪農(現・大洲らくれん) (もぐら)


設立> 昭和28年、喜多酪農組合として
昭29> 喜多郡大洲町は周辺9村と合併し大洲市が発足、郡より離脱
昭31> 喜多郡酪農協組・山本伊平/愛媛県大州市中村209
昭34〜36> 喜多郡酪農業協組/同上
昭40> 喜多酪農業協組/愛媛県大洲市若宮町1430
昭40> 県下の酪農団体が糾合し愛媛県酪農業協同組合連合会が発足
昭41〜43> 愛媛酪農協大洲工場/同上
電話帳掲載> 愛媛県酪連 南予指導事務所/愛媛県大洲市若宮1430-1
銘柄廃止・工場閉鎖> 昭和43年前後
公式サイト> http://www.rakuren.co.jp/ (らくれん牛乳/四国乳業・愛媛県酪連)

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成20年時点。



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