<雪印牛乳は眠れない〜メグミルクへの旅立ち>
平成12年4月、北海道広尾郡大樹町。雪印乳業の大樹工場は、いつものように脱脂粉乳を作っていた。いつもと違っていたのは
その最中、工場の電気室に巨大な氷柱がズドンと落下、破損した設備の復旧作業を含めておよそ4時間に渡る停電、つまり冷却機構の断絶を引き起こしたこと…
広大な北の大自然がもたらした、とでも言うべき
“ブドウ球菌・エンテロトキシンA型”。製造工程にぬくぬくと滞留した原材料への、とんでもないプレゼントだ。停電事故の間、ライン中に残存したそれらは廃棄されたのか、されなかったのか?とにかく結果的に、ようやく作り出された脱脂粉乳は
誰も気づかなかったけれど、毒素に汚染された状態であった。
◆推定実被害者1万3千人・未曾有の集団食中毒事件
同年6月、大阪府大阪市都島区。雪印乳業の大阪工場は、いつものように色々な乳製品を作っていた。いつもと違っていたのは、原料として(大樹工場製の)汚染脱脂粉乳が用いられたこと。「低脂肪乳」「のむヨーグルト毎日骨太」「のむヨーグルトナチュレ」、そして委託製造の「コープのむヨーグルト」は、誰も気づかなかったけれど、当然汚染された製品群に化けてしまう。
そして関西圏の1万5千人が嘔吐し、下痢をした。裁判で直接の因果関係は否定されたが、入院先で老婆がひとり亡くなった。雪印製品が原因の症状と推定されたのは、最終的には13,420名であった。(⇒厚生労働省による最終報告概要)

画像上下:いずれも 「雪印大阪工場ご案内」
より、施設概要と牛乳の製造工程を示した部分(昭和30年代中期)
“牛乳室”
写真中の瓶や通い函は全てクロバー銘。別頁の製品集合写真には、雪印牛乳と並んでクロバージャージー牛乳も陳列されており、両社再合併後もしばらく併売だったことが判る。事件発生時とは比べようもないが
「完全自動装置によって衛生的につくられています」
との説明が悲しい。

その後の更なる混迷ぶりは、まだ記憶に新しい。大阪工場では設備保守マニュアル無視の手抜き洗浄が発覚。消費期限切れ牛乳を小売店から回収し、加工用原料として再利用する乳業界の
“節約術” が明るみに出ると、マスコミの面前で「わたしは寝てないんだ」と取材攻勢に苛立つ社長の姿も晒されてしまった。
不利な要素ばかり続々と表出、ごたごた覚めやらぬ平成14年には、子会社である雪印食品(株)の違法行為が暴かれる。狂牛病問題で消費者に敬遠され、不良在庫を抱えた食肉業者に対する政府救済策の悪用、いわゆる“雪印牛肉偽装事件”である。オーストラリア産牛肉を国産パッケージに詰め替え、国産牛肉買取り制度の補償金をせしめるという完全な詐欺だった。
個々人の食生活に密着した大企業のブランドイメージが、ここまで分かり易く地に堕ちる例はなかなかお目にかかれない。事実、プレスリリース上の失態を含む一連の不祥事は、「失敗学」的観点の好材料となっており、ほとんど永遠に語り継がれてしまうだろう。
事件後一時期は量販店を中心に雪印製品の撤去が進み、平成12年7月の売り上げは同年比で実に8割減。消費量は下降の一途、しかも安売りの定着した市乳というジャンルは大資本ですら不採算部門と言われる状況下での、致命的事件だった。
◆壊れてしまった雪印の欠片は
持ち堪えられなくなった雪印は、大規模な組織の再編を迫られる。雪印乳業本体は、創業事業のバターとチーズの生産販売に特化。食中毒を引き起こした市乳部門は切り離され、全農(全国農業協同組合連合会)及び全酪連(全国酪農業協同組合連合会・ジャパンミルクネット)と大統合を果たし、日本ミルクコミュニティ(株)・メグミルクブランドとして仕切り直しの発足となった。一時は協同乳業(名糖牛乳)も合同を検討したが、自社のメリットに乏しいため見送ったという。
アイスクリーム事業はロッテ、雪印ローリー(雪印ラピオ)はカゴメ…完全売却や分社化、他社からの出資支援など形態は様々だが、その他にも多くの事業が分割分離され、雪印グループは往時の集排法適用時を遥かに凌ぐ喪失感を味わう羽目になる。雪印食品は会社自体が解散、市乳事業の整理統合に際しては多くの工場が閉鎖となってもいる。(⇒Wikipedia-雪印乳業)
滑り出しは好調と伝えられたメグミルク。しかしブランドの目新しさ・新鮮味が薄れ始めると一転苦境に転じ、更なる工場閉鎖、従業員の整理を柱とする第二次再建計画が飛び出した。現在、市乳業界では明治・森永に後塵を拝する三番手。
画像右:雪印工場見学記念のしおり(昭和30年代中期)
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◆過去にも起こしていた集団食中毒
雪印にとって、これが初めての大失態ではない。昭和30年3月、当時の北海道・八雲工場で生産された学校給食向けの脱脂粉乳汚染により、都下9小学校・2000人の児童を巻き込む集団食中毒を引き起こしている。奇しくも同じ脱脂粉乳、その原因も何の因果か「機械の故障と停電事故の悪条件が重なったもの」で、大阪の事案と一緒に蒸し返されることもあった。
しかし昭和30年で、乳業の起こした中毒事件といえば森永の砒素ミルクを連想しないわけにはいかない。乳幼児130名を死に追いやり、なお大勢を後遺症で苦しませたあの事件を記憶している方ならば、きっとこう思ったはずだ。「あれが平成12年に起こっていたら雪印どころの騒ぎでなく、森永乳業は崩壊して雲散霧消していただろうな…」
と。
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◆雪印牛乳は消えたのか?
平成15年、こけら落しでスタートした日本ミルクコミュニティ(株)は当初、「雪印牛乳、農協牛乳、全酪牛乳の各社既存銘柄を廃止、“メグミルク”
に一本化する」と宣言していた。
画像左:メグミルクのロゴマーク(平成15年)
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宣言はしてみたものの、いずれも伝統の商標。一朝一夕に生まれた名前ではない。旧雪印側は強い存続要望を出し、農協牛乳など地域ごと親しまれ定着したブランドを手放す営業上のデメリットも叫ばれた。そして実際に、雪印銘はどっこい生きたままメグミルク時代に突入する。(⇒日本ミルクコミュニティ発足後・名古屋地区の宅配商品案内パンフレット/牛乳キャップとは?)
「撤廃」の意思表明は世論へのマイクパフォーマンスだった…というのは下種の勘繰りだろうか。結局のところ平成18年現在も、一部の販路ではそれぞれの銘柄が
“日本ミルクコミュニティ製”
になっただけで、逞しく生き延びている。レジスタンスの如く局所的に展開するロートル銘柄は公式サイトに全く掲載されていないが…実態として、メグミルクへの衣替えは道半ばのようすである。
むしろ「雪印」銘などは復調傾向すら窺える。例えば2004年頃の公式サイトでは、いわゆるコーヒー牛乳は“MEGCOFFEE”のみの掲載であった。ところが現在は全て「雪印コーヒー」に置き換わっていたりする。何とも煮え切らない?雰囲気だ。
◆事件後の様々な影響
事件の余波は、当然同業他社にも及んだ。小売店の自主回収で消えた雪印製品の
“穴埋め需要”
でイレギュラーな増産を強いられた会社がある一方で、大阪・京阪牛乳は牛乳へのネガティブイメージ
(「異臭」クレームを受け自主回収を行ったが、後に販売店の管理に問題があったと判明した)
で売り上げが低迷、自家製造中止を決断する。
牛乳の異臭騒ぎも続出。雪印の没落を目の当たりにした乳業各社は恐れおののいて、設備の殺菌頻度・使用薬剤濃度を高めた。結果、クレンジングし切れず消毒液の混じった牛乳を出荷するというドタバタ劇である。石川・北陸乳業が厚生労働省の「総合衛生管理製造過程認可」辞退・取り消しにまで至れば、異臭で返品となった牛乳を再利用、世間から詰られたジャージー高木乳業はいきなり廃業・全従業員を解雇して労使問題に発展した。
事件後しばらく続いた食品全般に対する消費者の疑心暗鬼は、異物の混入や異臭を絶対に許さなかったし、(非乳業)企業も、ちょっと何かあれば驚くほどのフットワークで全製品を回収、新聞は連日のお詫び広告で大いに賑わった…。
◆コーヒー牛乳、フルーツ牛乳の禁止
脱脂粉乳から作られる低脂肪乳を、果たして「牛乳」と呼べるのか?事件は思いもかけぬ波紋を描きつつ更なる不信感を生み、製品/製法そのものまでが消費者から糾弾される局面もあった。とばっちりを食ったのがコーヒー牛乳やフルーツ牛乳などの、種類別・乳飲料である。端的に言えば、「成分や製法から考えて、これって牛乳と呼んじゃいけないよね!」
という突っ込みである。
実はこうした曖昧な呼称に対しては、随分前から疑問視する声があった。<雪印乳業史・全六巻の眩暈>で触れた「曜日キャップの偽装問題」に端を発し、昭和40年代半ばの頃
乳製品について誤解を招く標示を改めようという機運が高まったのだ。
コーヒー牛乳・フルーツ牛乳に替わる商品名は、社団法人・全国飲用牛乳協会が信頼回復の自主的処置として
“ペットネーム(愛称)”
の策定を行った。一般公募の結果、乳糖(ラクトース)を略した 「ラクト・コーヒー」「ラクト・フルーツ」
に決定、業界ルールとして昭和44年から全国の乳業が使い始める。(⇒「ラクトコーヒー」の「ラクト」って何だ?/岡山牛ビン倶楽部)
しかしラクトの使用は “紳士協定”
に近いものであって、“違反”
に対する罰則などはない。雪印の事件をきっかけに再び見直しの議論が巻き起こると、平成13年に表示規約が改正され、コーヒー牛乳・フルーツ牛乳の使用は全面的に禁止となった。(⇒公正取引委員会・「飲用乳の表示に関する公正競争規約」の一部変更の認定等について)
昨今は単純に 「ブランド名+コーヒー/フルーツ/いちご etc...」
もしくは 「コーヒー/フルーツ/いちご etc...+ラテ」
での命名が主流となっていて、“ラクト”
を冠した乳飲料はそれほど多く見掛けない。
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