明治牛乳 明治牛乳
明治乳業株式会社
東京都中央区京橋2-6(本社)
www.meinyu.co.jp

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<明治乳業に飲まれたブランド〜和田牛乳店>

明治乳業の基盤となった傘下組織の多くは 戦前〜戦後まもなく (戦前からの共同出資会社の系列化・統制解除後、なし崩し的) の合弁事例であり、ブランド名や製品のラインナップは判然としない。例えば極東練乳では 「極東牛乳」 銘の五勺壜を販売していたようだが、これらは幣サイトの回収対象である広口印刷瓶 流通以前の歴史であることから、割愛させて頂きたい。

◆東京第一ミルクプラント(和田牛乳店)

巨大資本の軍門に下った家族経営の牛乳屋さん…大企業の社史には載らない貴重なエピソードが 「東京牛乳物語〜和田牧場の明治・大正・昭和」(黒川鍾信著・新潮社刊) に詳しく記されている。

台東区にあった和田牛乳店は明治の創業。大正16年5月にはアメリカから低温殺菌機を輸入、日本初の低温殺菌牛乳を売り出した。都下に多くの配給所を擁し、一族の奮闘で東京市乳業界の中心的存在として隆盛を極めるが…時代の流れには抗えず 昭和8年、明治乳業 (当時は明治製菓) に買収合併されてしまう。

木暮実千代がモデルになった神奈川・守山乳業の冨士エバミルクのポスター(昭和初期)

老舗牛乳店の悲喜こもごも、買収合併の調印が終わった日、虚ろな様子で家路につく三代目の様子は 集約合理化の嵐が吹き荒れる昨今の乳業界にも通じる哀愁が漂っている…ような気がする。

和田式美容体操の考案者や女優小暮実千代を輩出した面白い家系話も必読だろう。興真舎・習志野牧場(現在のコーシン乳業・関東一円を販路に健在)も和田家との絡みがあり驚かされる。ちなみに、本項下段の<配給所店主さん座談会>に話が出ているが、牛乳の配達用木箱を初めて導入したのは興真舎さんだったらしい。

北千住には現在もなお、かつて和田牛乳を商っていた販売店さんの建物が往時の風貌のまま残されている。こちらは紆余曲折を経て?森永牛乳へ鞍替えされたようだ。

画像左:木暮実千代がモデルになった神奈川・守山乳業冨士エバミルクのポスター(昭和初期)

◆その他の提携・合併事例(昭和25年以降、判明分のみ)

江刈酪農(株)・岩手県岩手郡/登米乳業(株)・宮城県/庄内乳業(株)・山形県酒田市/福島保証牛乳(株)・福島県/北陸製乳(株)・石川県/金沢市乳(株)・石川県金沢市/浜松牛乳(株)・静岡県浜松市/三河乳業(株)・愛知県安城市/三国乳業(株)・大阪府堺市/森本牛乳(株)・兵庫県神戸市/ソラタ牛乳(株)・大阪府大阪市/八幡乳業(株)・福岡県北九州市/有明乳業(株)・熊本県鹿本郡/山陰牛乳(株)・鳥取県米子市

各社が商っていたであろう既存銘柄については資料が見当たらず、来歴仔細は不明。


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<配給所店主さん座談会>

[明治乳業50年史](昭和43年・同社刊)に掲載されている、都下の販売店 店主さんらによる座談会(開催は昭和33年)で、当時の面白い話がたくさん出て来ている。一部を抜粋・要約した。森永乳業の社史でも同様の座談会が企画されている。

◆明治乳業に対する反発

明治は房乳を使っていると言って叩かれました(冷蔵輸送の発達していない当時、房総=遠方から来る牛乳を客が嫌がるため)…要するに業者でない資本家が業界に食い込んできたということで、不安を感じたのですね。それで総攻撃を受けたわけです。

⇒ナマモノ故に長距離搬送ができず、かつては地場産業としてしか根付かなかった乳業に、技術革新とローカル乳業買収で大資本が食い込んでくることに対する反発は根強かったようす。

明治乳業の製品パンフレット・牛乳/ヨーグルト(昭和30年代初期)
画像上:明治乳業の製品パンフレット・牛乳/ヨーグルト(昭和30年代初期)

◆配達先の牛乳箱

宣伝効果がありますし、好感を持たれました。箱が初めて使われたのは大正5〜6年頃ですが、いちばん先に使ったのは興真舎さんでしょう。当時はお客さんの便利を図るのが主でなく宣伝がおもであったようです。

◆牛乳のかけ紙

和田(牛乳)さんは最初からつけていました。広口になると同時にみんなつけたらしいです。…警視庁でつけろと言われてつけたような気がしますね。…かけ紙を工場でつけますと上にトタン板を載せて氷を積んでくるので、店まで運ぶとこすれて痛んでしまう。そこでやり直さなければならないということで販売所でやるようになりました。(⇒和田牛乳/興真舎について

◆駅売りの牛乳

大衆も牛乳に関心を持っております。蒲田駅に少し牛乳を出していますが、初めはラムネやサイダーのほうが良く売れました、しかし最近はああいうものを買う人はいない、まず牛乳という流れになっている。

いまはHTST法による瞬間殺菌をやっていますが、この方法によると牛乳が薄いということがよく言われます。しかし、それもだんだん飲んでいるうちに本当の牛乳の味というものが分かって、以前の低温殺菌より味が良くなったと感ずるわけですね。低温殺菌の牛乳は非常に水臭い、やはり高温のほうがこうばしくておいしい、薄い牛乳は飲めないじゃないか、と。

⇒香ばしさは詰まるところ、高温殺菌による“焦げ味”。薄く感じるか濃く感じるかはさておき、現在は必ずしも歓迎されていない。
(⇒「お前らヌルいな!! 沸点超えろや!!!」 ―とても怖い牛乳の殺菌温度

明治牛乳のポスター(昭和30年代初期) 明治牛乳のポスター(昭和30年代初期)

◆小売容量の未来予測

各家庭でも電気冷蔵庫を持つようになって来ましたから、何年先か分かりませんが、五合くらいになってしまうんじゃないかと思いますね。そうして配達の合理化を図るような時期が来るんじゃないかと思います。

⇒標準小売単位が五合(900ml)くらいになる、という予測は 1リットル紙パックが主流の現在を言い当てている。日本人の消費性向からすれば、今後も1リットルを超えることはないだろう…か?


画像左:明治牛乳のポスター(二点とも昭和30年代初期)

◆明治と森永の違いは?

今までは明治と森永は、ほとんど どちらも同じようなものだというかたがいるのです…明治乳業は第一等ですから申すに及びませんが…ことに薬品のようなものからいっても、明治は全ての点において勝っている、というようなうわさが多くなってきたんですよ。

⇒「流れは明治にあり」 というリップサービス。もう少し具体的に…という突っ込みはなかった。


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