宮平牛乳 (1)宮平牛乳 (1) 宮平牛乳 (2)宮平牛乳 (2)
宮平牛乳 (1)

宮平乳業(宮平乳業委託)
沖縄県糸満市字糸満1796(営業所)
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和40年代中期〜後期
宮平牛乳 (2)

宮平乳業(宮平乳業委託)
沖縄県糸満市字糸満1796(営業所)
東洋ガラス製・正200cc側面陽刻
昭和60年代〜平成5年頃

宮平<勇>牛乳 (1)宮平<勇>牛乳 (1) 宮平<勇>牛乳 (2)宮平<勇>牛乳 (2)
宮平<勇>牛乳 (1)

宮平勇牛乳
沖縄県豊見城村字上田517
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和40年代中期〜後期
宮平<勇>牛乳 (2)

宮平勇牛乳(宮平乳業委託)
沖縄県糸満市西崎町4-15-6
石塚硝子製・正180cc側面印刷
平成10年代

ご当地に健在の乳業さん…なのだが、「宮平(みやひら)」 銘の展開は少しばかり事情が込み入っている。まず、上掲の瓶はいずれも “本家” の 「(株)宮平乳業」 さんが販売していたものではなく、全てが 「宮平傍系」 とでも言うべき、個人宅配事業者さんが展開していた瓶装となる。

傍系の宮平牛乳として少なくとも二つの流れがあり、「法人格の付かない宮平乳業」 を名乗るビンと、「宮平・勇」 を名乗るビンとでは取り扱いが異なる。前者は一貫して本家の 「(株)宮平乳業」 へ殺菌・瓶詰めを委託。自らは牛飼いと完成した製品の宅配を行なわれていた。

後者は短期間ながら [全国乳業年鑑] に単独の牛乳工場としてリストアップされており、近似銘柄を商うものの独立性が高かった?ようす。しかし後年の瓶装で本家 「(株)宮平乳業」 と同一の住所・電番標示に変わったことから推すに、中途でミルクプラント経営を断念されたのだろう。

Web上には地元にお住まいの方や旅行客による “瓶牛乳の飲用レポート” も数多く見られ、沖縄ローカル銘柄ではゲンキ牛乳に次ぐ耳目を集めている。

例えば、この緑瓶の白牛乳カフェオーレの瓶が本家の手によるもの。ポイントは 「平」 の字で、二つの点の打ち方を “ソ” の形とした通常の字形が本家銘柄、(「鮃」の右側のように) “ハ” のように書く旧字体を採用したものが傍流銘柄、という区別もなされているらしい。

掲載瓶のうち最も古いと思われるのは宮平乳業(1)番瓶。日本国内とは各種の標示規約が異なっていたので判別が難しいものの、本土復帰直前の流通だろうか。打刻様式や機械フォントの採用から推して、内地では「要冷蔵」標示が義務付けられていた頃合だろう。 宮平<勇>牛乳(1)番瓶も ほぼ同時期に利用されていたものと見られる。

傍系銘柄の勃興と現況は正確には把握しにくいものの、販路は宅配・自販機が中心で、市中への出回りは限られたようす。近年に至り 「宮平・勇」 銘は廃止され?その商圏は引き続き本家の 「(株)宮平乳業」 製品取り扱いへ変更された模様だ。

― 謝辞 ―
宮平牛乳さんの系統・現況ほか、向名館・名護様よりご教授・ご協力頂きました。

― 関連情報 ―
宮平乳業の牛乳キャップ (牛乳キャップとは?)
沖縄県の乳業 宮平乳業 (牛乳キャップのページ)
宮平乳業インタビュー (むすびジネス)


■(株)宮平乳業
創業> 大正8年
昭48〜50> 宮平乳業/沖縄県糸満市字糸満1796
昭53〜56> 宮平牛乳/同上
昭60〜平01> 同上/沖縄県糸満市字糸満字宮里2049-3
平04> (株)宮平乳業/沖縄県糸満市字糸満1796
電話帳掲載> (株)宮平乳業/沖縄県糸満市西崎町4-15-6 (本社)
公式サイト> 未確認

■宮平乳業
創業> 不明
※殺菌・瓶詰めは(株)宮平乳業へ委託
電話帳掲載> 宮平乳業/沖縄県糸満市字糸満1796
公式サイト> 未確認

■宮平<勇>牛乳
創業> 不明
昭59〜60> 宮平勇牛乳/沖縄県豊見城村字上田517
※以降は殺菌・瓶詰めを(株)宮平乳業へ委託
電話帳掲載・公式サイト> 未確認
銘柄廃止> 平成10年代?

処理業者名と所在地は、食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。
創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成20年時点。



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