(記事下段)
少なくとも昭和30年代には既に嘉手納唯一のミルクプラントであったと見込まれるが、沖縄返還後まもなく銘柄は消滅。掲載瓶は恐らく最終世代となるだろう。 昭和52年の電話帳にはなお「知名牛乳屋」名義での掲載あり、40年代末期に自家製造を中止して以降は販売店さんとして?数年間存続の形跡もある。 「沖乳連会」(沖縄乳業連合会の略称?)標示は主に昭和40年代以降 平成に至るまで、沖縄の中小業者さんが各社横断的に使用していたもの。沖縄森永(ゲンキ)や沖縄明治(オキコ)など大手資本の進出に対抗するため、何らかの協業を行っていたらしい。 漂流乳業の掲載では仲本牛乳、東恩納牛乳にも見られるが、これはメンバーのごく一部、最盛期の参画乳業は10社を超える規模があったようだ。現時点の去就については良く分からない。本土で類似する団体としては岡山県牛乳処理協同組合が挙げられるだろうか。 ― 謝辞 ― 往時の電話帳など、関連資料を和田(モリ)様よりご提供頂きました。
創業> 不明 昭48> 知名牛乳/沖縄県嘉手納村字嘉手納312 昭51> 嘉手納村は町制施行 昭52> 知名牛乳屋/沖縄県嘉手納町嘉手納312 電話帳掲載・公式サイト> 未確認 廃業> 昭和50年代中期? 処理業者名と所在地は、沖縄電信電話管理局 [沖縄県職業別電話帳 昭和52年1月31日現在]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成20年時点。