新垣乳業新垣乳業

(記事下段)

新垣乳業

新垣乳業
沖縄県南風原村与那覇350-2
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和40年代中期

各地の牛乳工場の住所録が掲載されている業界誌[全国乳業年鑑](食糧タイムス社刊)に、返還後の「沖縄県」の項目が初登場するのは“昭和49年版”。前年に集計された同48年時点の名簿データがまとめられたものだ。

このリストを確認すると、掲載瓶に標示の銘柄・住所と近似する「新垣牛乳/南風原村字与那覇1」という個人業者さんが載っている。地元のガラスびん収集家・名護氏によると、この「新垣牛乳」さんは“まる善”の屋号を用いており、その近在に牛舎を構えていた親戚筋にあたるのが、掲載瓶の“まる新”屋号をを使う「新垣乳業」さんにあたるという。

瓶の打刻や機械フォントの様子から推して沖縄復帰前、流通は昭和43〜46年頃の一本になるだろう。ベスト牛乳(1)番瓶や大川牛乳の掲載例に同じく、本土では既に「要冷蔵」の標示義務が生じていた時代の瓶だ。

昭和48年時点の名簿にお名前がないことから、遅くとも同40年代後期には自家処理を中止されたようす。代替わりを経てなお牛飼いは続けられていたそうだが、近況は不明。一方の“まる善”「新垣牛乳」さんも、昭和49年前後に直販から撤退し、銘柄は消滅した。

沖縄県には多数のブランドが存在したものの、米軍占領期間の情報に乏しく非常に追跡がし辛い。往時の乳業資料の大半は国外ということでフォローが及ばず、手元にある主要な名簿データは戦前で昭和9年時点、戦後は前述の通り同48年時点にまでジャンプしてしまう。

― 謝辞 ―
新垣乳業さんの仔細につき、向名館(こうめいかん)・名護様よりご教授頂きました。


創業> 不明
電話帳掲載・公式サイト> 未確認
廃業> 昭和40年代中期〜後期?

創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成20年時点。



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