各地の牛乳工場の住所録が掲載されている業界誌[全国乳業年鑑](食糧タイムス社刊)に、返還後の「沖縄県」の項目が初登場するのは“昭和49年版”。前年に集計された同48年時点の名簿データがまとめられたものだ。
このリストを確認すると、掲載瓶に標示の銘柄・住所と近似する「新垣牛乳/南風原村字与那覇1」という個人業者さんが載っている。地元のガラスびん収集家・名護氏によると、この「新垣牛乳」さんは“まる善”の屋号を用いており、その近在に牛舎を構えていた親戚筋にあたるのが、掲載瓶の“まる新”屋号をを使う「新垣乳業」さんにあたるという。
瓶の打刻や機械フォントの様子から推して沖縄復帰前、流通は昭和43〜46年頃の一本になるだろう。ベスト牛乳(1)番瓶や大川牛乳の掲載例に同じく、本土では既に「要冷蔵」の標示義務が生じていた時代の瓶だ。
昭和48年時点の名簿にお名前がないことから、遅くとも同40年代後期には自家処理を中止されたようす。代替わりを経てなお牛飼いは続けられていたそうだが、近況は不明。一方の“まる善”「新垣牛乳」さんも、昭和49年前後に直販から撤退し、銘柄は消滅した。
沖縄県には多数のブランドが存在したものの、米軍占領期間の情報に乏しく非常に追跡がし辛い。往時の乳業資料の大半は国外ということでフォローが及ばず、手元にある主要な名簿データは戦前で昭和9年時点、戦後は前述の通り同48年時点にまでジャンプしてしまう。
― 謝辞 ―
新垣乳業さんの仔細につき、向名館(こうめいかん)・名護様よりご教授頂きました。