久保田牛乳久保田牛乳

(記事下段)

久保田牛乳

久保田 利治/三穂 (久保田牧場)共通瓶
宮崎県都城市下長飯町659
石塚硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代中期

宮崎と鹿児島の両県にまたがり、久保田家が経営していたと思しき牧場さん。掲載の瓶には二つの住所が併記されており、双方同じ瓶装で久保田牛乳を商っていたものだろう。

都城市と囎唹郡(曽於郡)は隣接する自治体で、かつては日向国や都城県の配下、同一行政区分だった時代もあった。歴史的な流れとしては、結果的に2県展開に至った…という解釈も成り立つかも知れない。

前者は昭和40年代中期に明治牛乳の販売店へ転換、現在も存続のご様子が電話帳から窺える。鹿児島の牧場は昭和30年代末期に牛乳をやめ、ヨーグルトや乳酸菌飲料の製造に特化。宮崎側のベンダー化に同期して閉鎖されたらしく、その後の流転を辿れなかった。

“一族共通瓶装”の運用事例は既に絶えて久しいが、山形・ゴトウ牛乳岡山・長谷川牧場静岡・市川牛乳など、かつての全盛期には全国的に散在していた。


■宮崎県下の牧場
創業> 不明
昭31〜42> 久保田利治/宮崎県都城市下長飯町659
電話帳掲載> 「久保田牛乳」「明治牛乳久保田販売店」/宮崎県都城市下長飯町650
銘柄廃止> 昭和43年前後
公式サイト> 未確認

■鹿児島県下の牧場
創業> 不明
昭31〜36> 久保田三穂/囎唹郡末吉町南之郷110-2
※以下「醗酵乳・乳酸菌飲料処理工場」としての掲載
昭43〜44> 久保田乳業/同上
牧場・工場閉鎖> 昭和40年代中期

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



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