ニシラク牛乳 (1)ニシラク牛乳 (1) ニシラク牛乳 (2)ニシラク牛乳 (2)
ニシラク牛乳 (1)

西酪協同(株)⇒ニシラク乳業(株)
福岡県小倉区板櫃柳下155
石塚硝子製・180cc側面陽刻
昭和30年代後期
ニシラク牛乳 (2)

西酪協同(株)⇒ニシラク乳業(株)
福岡県小倉区板櫃柳下155
広島硝子工業製・180cc底面陽刻
昭和30年代後期〜40年代初期

ニシラク牛乳 (3)ニシラク牛乳 (3)

(記事下段)

ニシラク牛乳 (3)

西酪協同(株)⇒ニシラク乳業(株)
福岡県北九州市小倉区板櫃柳下小倉155
日本硝子製・正200cc側面陽刻
200cc移行後〜昭和50年代

九州をメインに展開する現役中堅乳業さん。発足は遡ること昭和22年、県下大手の2農協による合同事業体、北九州乳業商工協同組合として。その後、西日本酪農業協同組合連合会への改称を経て、同県・嘉穂酪農協を買収するなど事業規模は拡大の一途を辿った。

昭和38年、ついに農協的な互助団体のままでは経営に支障を来たす局面にまで至り、西酪協同(株)を設立。同39年には九州乳業(みどり牛乳)設立へ出資、40年青柳酪農(青柳牛乳)を合併。平成10年頃?からはニシラク乳業(株)を名乗っている。

設立当初はニシラク銘一本の商いであったが、現在は宮崎・南日本酪農協同(株)との業務提携を通じ関連会社の間柄。そのせいで、独自銘柄の取り扱い状況が少々判り辛い。

例えば両者共有の主要ブランドとなった “デーリィ” 銘。南日本酪農協同が白牛乳にそれを冠するのに対し、ニシラクさんは栄養強化系加工乳としてその名前を使っていたりする。

また、相互に相手方製品の委託製造を行ってもいるようで、この辺りの追跡調査は瓶を眺めるより牛乳キャップに記載された潤沢な情報に注目すべき…なのだろう。

掲載の瓶は全て西酪協同時代のものと思われる。しかし(1)(2)番瓶は打刻様式から瓶の出来・流通を推測する限り、昭和38年の設立時期との兼ね合いは微妙。或いは西日本酪農業協組連時代の末期かも知れない。デザイン自体は改組を跨ぎ同様であった可能性はある。

― 関連情報 ―
ニシラク牛乳 やひさ屋 (宗像ネット)
ニシラクの牛乳キャップ (牛乳キャップとは?)


設立> 昭和22年
昭36> 西日本酪農協連合会/福岡県小倉市板櫃柳下155-1
昭38> 西酪協同(株)へ改組・改称
昭40〜43> 西日本酪農協組/福岡県小倉区板櫃柳下155 ※事業者名が農協のまま
昭46> 同上/福岡県北九州市小倉区板櫃柳下小倉155
昭50> 西酪協同乳業(株)/福岡県北九州市小倉北区金田2-12-17 ※社名誤記?
昭56〜平04> 西酪協同(株)/同上
電話帳掲載> ニシラク乳業(株)/福岡県北九州市小倉南区大字朽網3914-5
公式サイト> https://net.kitakyushucci.or.jp/inquiry/list02.asp... (参考)

(本社/分工場所在地は割愛)

処理業者名と所在地は、食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。
創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



漂流乳業