トモヱ牛乳トモヱ牛乳

(記事下段)

トモヱ牛乳

トモヱ乳業(株)
茨城県古河市幸町23-20
石塚硝子製・正200cc側面陽刻
昭和50〜60年代

ふるさと牛乳 (トモエ/富谷共通瓶)ふるさと牛乳 (トモエ/富谷共通瓶)ふるさと牛乳 (トモエ/富谷共通瓶)
ふるさと牛乳 (トモエ/富谷共通瓶)

トモヱ乳業(株)
茨城県古河市幸町23-20
日本山村硝子製・正200ml側面印刷
平成10年〜

関東地方を中心に広域展開を果たした、県下随一の地場乳業さん。現行の瓶製品も紙栓+ポリフード+印刷瓶という昔ながらの仕様で健在。左三つ巴の家紋に加え、200ccビンの二世代目だったと思しき最上段の一本はUltraProcessの筆記体がレトロな雰囲気を醸している。

平成10年の乳業施設再編合理化にともない、近在する富谷牛乳の処理加工を引き受け、間もなく下段の「TOMOE/TOMIYA」ブランド併記の共通瓶が採用されるようになった。

もともと富谷牛乳(富谷牧場)を創業された方が古河食品(トモヱ乳業)を別途設立された経緯があり、両社は別法人ながら昔から一体的な存在。少なくとも昭和30年代まで社長は同じ方が務めており、現在も引き続き中田家による同族経営となっている。

キャップ記載の銘柄は「ふるさと牛乳」へ統一されており、厳密には「トモヱ牛乳」も「富谷牛乳」も現行商品には存在しない。平成18年前後にはトモヱ乳業としても瓶装ラインを廃止して、瓶詰めは栃木乳業への製造委託となった。

本社工場に「牛乳博物館」を併設。その展示品の写真が「奥州市牛の博物館」の企画展「ミルクの夜明け」の回顧録に数多く載っている。

― 参考情報 ―
トモヱ乳業の紙栓 (牛乳キャップ収集家の活動ブログ) / 同・紙栓 (牛乳キャップ昭和時代)
同・紙栓 (牛乳キャップとは?) / 同・紙パック製品 (愛しの牛乳パック)


設立> 昭和16年、関東畜産工業(株)として
昭26> 古河食品工業(株)へ改称
昭31> 古河食品工業(株)・中田清一/茨城県古河市原町148
昭34〜36> 古河食品工業(株)/同上
昭37> トモヱ乳業(株)へ改称
昭40> トモエ牛乳(株)/茨城県古河市大字原148 ※事業者名誤記
昭43> 同上/茨城県古河市大字東2区272
昭46〜50> トモエ乳業(株)/茨城県古河市原町148
昭56〜平04> 同上/茨城県古河市幸町23-20
平17> 本社を古河市下辺見に移転
電話帳掲載> トモヱ乳業(株)茨城県古河市下辺見1955
公式サイト> http://www.tomoemilk.jp/

処理業者名と所在地は、全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



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