連綿と続く佐渡島随一の農系ご当地ブランド。「佐渡酪農農業協同組合連合会」の結成以前より、地場の酪農組合が単体で商っていた銘柄と見られるが、少なくとも昭和30年の連合会設立から20余年間は、同会が引継ぎ生産販売が行われてきたようだ。
長らく続いた佐渡酪連時代も、末期には施設老朽化や景気変動などの諸問題に直面。更に島内の18農協が合流した「佐渡農業協同組合」という広域JAの誕生によって“酪農組織の一元化”も叫ばれるに至り、昭和56年に解散。全事業は佐渡農協が継承した。
経営規模拡大の効果は早くも翌年、新鋭工場の完成に現れるが、このとき製造レーンは高性能な紙パック充填機に刷新され、瓶装から撤退。
同時に市乳の主力銘柄は「農協牛乳」へ変更されたことを資料写真で確認できる。近年、処理営業部門は新規設立の(株)佐渡乳業へ移管された。
画像左:佐渡農協の製品一覧(昭和59年)
非常に判読し辛いが、市乳は全て「農協牛乳」銘のパック製品であることが見て取れる。[協同の年輪-合併10周年記念誌](佐渡農協刊)より。
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掲載瓶は200cc移行期(昭和45〜46年)から佐渡酪連の解散時まで一貫して使われていたもの?佐渡おけさを舞う背面の踊り子が嬉しい逸品。シンボルマークも随分手の込んだ感じで、起点が破線になった矢印三本の丸囲いにも、何らかの絵文字的な含意があるのだろう。
往時の牛乳キャップには佐渡島のシルエットが描かれていて、こちらも面白い仕上がりである。
◆「農協牛乳」と「佐渡牛乳」の平行生産・ブランドの統一
「佐渡牛乳」は佐渡農協の継承後も完全に廃止されたわけではなく、並行して常時生産が続いていたようで、この辺りは販路による使い分けがなされていたのかも知れない。
Web上に数多く見られる佐渡島への旅行記には、200cc「佐渡牛乳」紙パック(とその自販機)がしばしば紹介されていたし、牛乳受箱には農協系統の統一マーク(ミルククラウン)に「佐渡牛乳」と書かれたものが存在する一方、同じく統一マーク利用で「農協牛乳」を謳う箱もあった。
ただ、近年に至りブランドの統一が図られたらしく、佐渡乳業さんとして開設された公式サイトの商品紹介は「佐渡牛乳」一色に染まっている。地域性・個性を打ち出しにくい「農協牛乳」銘は、営業展開上あまり有用でない…という風な判断があった?のだろうと思う。
― 謝辞 ―
掲載の瓶は「丘の上の山羊」tokko様よりご提供頂きました。
― 参考情報 ―
佐渡酪連の紙栓
(牛乳キャップとは?) / 同・紙栓 (牛乳キャップ昭和時代)
佐渡牛乳 200mlパック (牛乳トラベラー?) / 佐渡牛乳・トキパック
(愛しの牛乳パック)