最盛期には8軒の牧場
(直営銘柄)
が存在した利尻島で、後継者不足による廃業が相次ぐなか、最後まで踏ん張り続けた牛乳工場。昭和50年代末期には森原牧場さんが島内で唯一のミルクプラントとなったが、ついに平成3年、その利尻牛乳も半世紀に及ぶ歴史に幕を下ろした。
昭和34年から43年までの [全国乳業年鑑] 名簿によると、創設/閉鎖時期にばらつきがあるものの、利尻郡下には森原さん方と同じ利尻町にもう1軒、東利尻町に3軒、更に鬼脇村に1軒…と、全て個人名経営であった牧場5箇所の存在を確認できた。
森原牧場さんは牛飼い・市乳処理から撤退するに前後して、「ミルピス」
という名前の乳酸菌飲料を商い始め、現在はこれが利尻島と周辺一部地域限定の名物ドリンクとして広く知れ渡っている。(森原牧場
さいはて自家製ミルピス商店/WEBそうごうページ北海道版)
Web上のツーリング記録や旅行記、ご当地のトラベルガイドではすっかりお馴染みの顔で、イチゴや人参、アロエなど多彩なフレーバーがあり、今なお往時の牧場に併設された売店で旅客の喉を潤しているらしい。牧場主の奥さんによる手造りの味は上々の評判だ。
売店でミルピスを飲みつつの 「おばちゃん」
との歓談も多く記されている。例えばかつての利尻牛乳を知る訪問者さんが訊いた牛飼い当時の苦労や、或いはミルピス発売に至った経緯など、森原牧場さん未だ健在、という感じで嬉しい限り。
◆掲載の瓶について
200cc移行期から昭和60年代までの流通?と思しき出来。兵庫県在住の方からご好意により頂戴できたもので、昭和52年前後に島内のユースホステルで飲用後
記念品として持ち帰った…空き瓶とはいえ若き日の思い出が詰まった一本だろう。よく振らないと紙キャップの裏に脂肪分がべったり付いてくる、ノンホモ牛乳だったらしい。
ちなみにその時の投宿先は “利尻鴛泊YH”。これまた色々とエピソードの多い、歌って踊れる名物ユースだったようす。おしどまりユース・30年前の港の見送りに写真が掲載されているが、更にこちらには当時のビン牛乳について言及がある。
毎日牛乳を飲んでいた、○○牛乳!○○が思い出せない
ビンはガラスの瓶、いわゆる牛乳瓶で紙のふた、ふたの裏には脂肪が固まっていた…
美味しかったあの牛乳!…小黒牛乳でした!
昭和52年の回想として出てくる 「小黒牛乳」
は、もちろん利尻島にあった牧場
(小黒幸男/東利尻町鴛泊字富士野) で、昭和57年前後まで存続。島内では小黒牧場さんの廃業により、森原牧場さんが最後の一軒となった。
ふたの裏には脂肪が固まっていた…ということから、利尻牛乳さんと同じくノンホモだったらしい。この頃合に島を訪れていれば、利尻最後の2銘柄を堪能できたわけで、何とも羨ましい話だ。
ビンの正面、日本百名山の筆頭に数えられる利尻岳 (利尻富士)
を模したであろうトレードマーク、 “山”
の麓には、ちんまい牛さんと牧草のシルエットが見える。しかし残念ながら、50頭も飼育されていた乳牛は既に引き取られ、今はもういない。
― 謝辞 ―
掲載の瓶 「利尻牛乳」 や当時のお話など、K様よりご提供・ご教授頂きました。
― 参考情報 ―
Dr.Sの利尻マラソン
(ほろ酔い招き猫) / Touring
北海道編 PART3 (空冷Zとの戦い)
NHKモーニングワイド
1991年11月1日 (NHKアーカイブズ保存番組検索)
1970年代、80年代のおしどまりユース
/ ミルピスの紙キャップ
(牛乳キャップとは?)