往時の処理石数は県下で中堅どころ、比較的名の通った乳業さんだったが、昭和40年代中期に自家製造を中止。以降はらくれん牛乳(四国乳業)の販売・大手メーカーの缶/ペットボトル飲料などを商う (自販機) ベンダーさんへ転換された。 病院内売店へ各種飲料を納める出入りの業者さん、“名物おしどり夫婦” として紹介されている経営者ご夫妻のインタビュー記事が、岡山で医療・介護事業を展開する創和会グループの広報誌 「はぁもにぃ」(2003年11月号) に掲載されており、晩年の業態を良く知ることができた。 (らくれん)牛乳の宅配や学校給食納入は続けているが、若い人はスーパーで買うので数はかなり減り、寺山牛乳時代からの古いお得意様が中心になっていること、売れ筋は売店や自販機向けのお茶で、「十六茶」 や 「生茶」 がよく出ることなど…仲睦まじそうなご夫妻の写真もある。 「らくれん寺山営業所」 または 「らくれん牛乳倉敷営業所」 の名でご商売を続けられたが、平成17〜18年頃に販売業からも撤退、ついに完全廃業となった。 ◆新旧6世代の瓶装 往時の自社ブランドの印刷瓶について、昭和20年代末期から40年代中期に至るまで一通りの世代を確保できたため、標示変遷を辿るのが面白い。 細身細口・王冠栓仕様の(1)番瓶は、ウルトラ・プロセスも裸足で逃げ出す堂々の 「115℃-15分殺菌」。瓶詰めしたあと蒸気に晒して加熱殺菌を行うもので、昭和20年代までは広く普及していた方式。数字の上では必然的に高温度・長時間となる。 「一歩進んだ」(2)番瓶が、寺山牧場さんの初代広口(ドイツ型中口)印刷瓶だろうか。宣伝欄の前口上など、諸々の表現がいかにも昭和の頃合らしく楽しげな雰囲気だ。平行して(1)番瓶も、昭和30年代初期頃までは主に駅売り用として流通していたと想像している。 有限会社改組後の(3)番瓶。「高速度低温殺菌」 の意味するところは時代的にHTST(72℃〜78℃・15秒間) ないしは HTLT(75℃・15分間)あたりになるだろうが…生乳の殺菌方式で高速かつ低温を謳うケースはあまり類例がなく、珍しい感じ。 ついに株式会社へ成長した(4)番瓶以降は、業界では当たり前になった UHT(超高温瞬間殺菌) への移行後らしく、殺菌温度についての宣伝標示はなくなってしまう。 (5)番瓶になって登場した 「岡山県牛乳処理協同組合」 は、学校給食用委託乳の販売組合組織、或いは 何らかの市乳処理施設/流通網を県下複数の中小業者が集約・協同利用していた…?ものと想像している。 “K乳” ロゴは、同県・はりの牛乳、浜田牛乳、沼本牛乳の瓶にもプリントされていた。瓶にわざわざ書くくらいだから、ちょっとした仕掛けがあったのだろう。しかしこの組合も既に解散したもようだ。 (6)番瓶が販売店への転向間際、最終世代に相当するデザインか。ローマ字筆記体ロゴの採用で、だいぶ様変わりしている。長らく残っていた“HOMOGE”(ホモジナイズ)標示も消えた。200cc移行後の色物専用八角瓶と思しき風情もあるのだが、参考までに掲載。
設立> 不明 昭09> 寺山庄次郎/岡山県都窪郡早島町 昭31> 寺山乳業(有)・寺山武雄/岡山県都窪郡早島町前潟 昭34〜46> 寺山乳業(有)/岡山県都窪郡早島町前潟870 電話帳掲載・公式サイト> 未確認 銘柄廃止> 昭和40年代中期 廃業> 平成17〜18年頃? 処理業者名と所在地は、牛乳新聞社「大日本牛乳史」・全国飲用牛乳協会 [牛乳年鑑1957年版]・食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。