県下を中心に“サゴタニ”銘を展開する現役乳業さん。生乳は広島市農協・砂谷酪農部会の出荷。いずれもご当地の酪農業を創生・牽引してきた久保家が興し、今でも関わりが深い。
掲載の瓶は会社法人設立以前、砂谷酪農協時代のもの?「精神の眠っている人は美貌も一しょに眠っている」…ヨーグルトの宣伝欄へ敢然と刷り込まれた警句に度肝を抜かれる一品。
「酪農と人間―久保政夫さんの生い立ちと砂谷酪農」(昭和32年・神田三亀男著/酪農事情社刊)に、この“啓蒙瓶”の由縁が事細かに書かれている。サゴタニを旗揚げした久保氏は大変な努力家・読書家であったそうで、以下、同書より引用すると、
『(久保氏は)文学書や哲学書を友とし、小説家たらんと熱望した、病弱な文学青年だった』
『(砂谷酪農の)集乳・配達用の自動車のボデーには、哲学者・宗教家たちの格言、久保さん独想の言葉が書かれている』

画像上:砂谷酪農の集乳/配達用トラック(昭和30年代初期)
上掲がその自動車の写真。小さく潰れて判読は難しいが、左側はかろうじて「愛は貧にかがやく」と大書きされているのが見える。当時砂谷酪農が所有していたトラックには各々異なる文句が並んでおり、片面に思想家の著作から三行程度の長文引用、片面には久保氏発案を含む一行警句、といった塩梅だったらしい。写真の例で言うと、反対側(右側の写真)には
『肉体労働を難問題の解決に結びつける
つまり手と頭を結びつけることができたときには
私はとくべつ大きな喜びを感じました ―パヴロフ―』
と書かれていた
と説明されている。また、別のオート三輪(バタンコ)にはこうあったらしい。
『人生の幸福は困難が少ないあるいは全くないということにあるのではなく
それらをすべて立派に克服することにある
力は弱点の克服における練習から生ずるものである』
『水は方円の器にしたがい 人は善悪の友による』
調べてみたところ、長文引用はスイスの法学者カール・ヒルティの著書から、一行警句は孔子由来の故事成語のようだ。その他、紹介されている“啓蒙自動車”の文言はどれも難しい感じだが、久保氏自身の言葉らしい以下の文章は取っ付き易いだろう。
『すぐ役立ちそうもないものにとりくんで読むのが読書だとおもう』
『日本の生活全体の中に
もっと持続と蓄積とがあらゆる面で強調されたい』
更に掲載の牛乳瓶については、そのものズバリの言及があった。
『毎日売り出される市乳の壜にも
「精神の眠っている人は美貌も一しょに眠っている」
と赤字で印刷してあるが、片言隻語の中に、久保さんの哲人的、実践的な思考が汲みとれよう。生産と教育、消費と教育に善意をもって啓蒙がはかられているのだ』
一合瓶の警句は一種固定、掲載瓶以外のバリエーションはなかったようだ。
『(久保氏いわく)食物は人間の肉体を作る。書物は人間の精神を作る。だから食物は栄養のあるよいものを食べ、寸暇でもあれば良書を読む心がけが大切である』
『(久保氏は)農場の30枚ものムシロを敷きつめた広間に八千冊の蔵書を壁面にぎっしりと並べている。その半分は農業図書、半分は文学、哲学、芸術に関する書物だ。(中略)自由に組合員に解放されている。一大農村図書館の観である』
などといった次第で、革新的・情熱的な酪農家で信望の厚かった久保政夫氏による、市民へのソウルフルなメッセージであった、という背景が明らかになった。
◆時代を超えて発信され続けるメッセージ
自社乳製品のCMから大きく逸脱するコメントは、作り手の思想・信条溢れ出す個人経営色の強い時代ならではの味わいだろう。砂谷酪農として一時期合併加入していた広島県西部酪農業協組連(提携を結んだ関西酪農協同との経営方針の対立により、後に脱退)のフルーツミルクにも同様の啓蒙瓶が存在、これも久保氏の発案によるものと想像している。
しかし平成の世に至りなお、砂谷牛乳訓示は現行の大瓶製品(900ml)に引き継がれており、この五合瓶に入れる格言は代々の社長が選んでいくのだという。
種は心、花は態(わざ)なるべし 世阿弥
たることを知れば安楽世界にて ほとけの加護に法の道すじ
現行品は上記の2種を筆頭に、更に複数のバリエーションが健在?のようす。前者は世阿弥著作の中でもメジャーな「風姿家伝」からの引用?、後者は出典が明記されていないものの、脇坂義堂「御代の恩沢」所載の釈教歌…のようでである。(kazagasira氏情報)
公式サイト・サゴタニの歴史では、なぜ瓶の下部に格言を?という素朴な疑問に答えつつ、旧世代の五合瓶の写真が掲載されており、以前に使われていたらしい格言も見える。
― 関連情報 ―
乳流るる里をめざして
(広島県畜産協会) / JA広島市のホームページ (農協公式サイト)