廣島牛乳 (1)廣島牛乳 (1) 廣島牛乳 (2)
廣島牛乳 (1)

広島県西部酪農業協同組合連合会
広島県安佐郡祇園町西原
石塚硝子製・市乳180cc底面陰刻
昭和28年頃〜30年代初期
廣島牛乳 (2)

広島県西部酪農業協同組合連合会
広島県安佐郡祇園町西原
日本硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代初期〜中期

ヒロシマ牛乳 フルーツミルク (啓蒙瓶)フルーツミルク (啓蒙瓶)
ヒロシマ牛乳

広島県西部酪農業協同組合連合会
広島県安佐郡祇園町西原
日本硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代中期〜後期
フルーツミルク (啓蒙瓶)

広島県西部酪農業協同組合連合会
広島県安佐郡祇園町西原
山村硝子製・正180cc側面陽刻
昭和30年代初期〜中期

文字数が多く実に賑やかな(1)番瓶。ホモゲ(ナイズド)=均質化処理を前後で強調するなど、いかにも時代がかったデザインだ。ビタミンを添加した加工乳のようだが、ラインナップ(瓶装)としては無調整の白牛乳同様の扱いだったはずである。

当時は原乳不足から、白牛乳を大量に商えず“水増し”可能な加工乳をメインに据えるしかなかった…という事情があったのに加え、大ヒット商品森永ホモ牛乳も意識されていたと思われる。

昭和37年、経営不振から毎日牛乳と企業統合、同社の広島工場となり、「ヒロシマ牛乳」 銘は廃止。以降は 「広島毎日牛乳」 となった。西部酪連自体は同社への生乳出荷事業を中心になお現役の組織である。

“啓蒙瓶” として参考掲載した 「フルーツミルク」 は、文字通りフルーツ牛乳専用瓶装。牛乳瓶としては異例の三色 (赤・青・白) 刷りで、なおかつ白地に赤と青のインクを重ねる多層印字は未だに類例を見ない仕上げである。採用乳業は非常に少ない筈だ。

圧巻は唐突極まりない格言 「国富はその国の人間なのだ」。社会学/経済学の古典籍からの引用?と思われるが、それをフルーツ牛乳の瓶に書いた真意は果たして?突拍子もない警句の登場は、いっとき傘下に収めていた砂谷酪農協(砂谷牛乳)に仕掛け人を見出すことができる。

なお、「広島酪連」 の略称で示され得る処理場には、県東部酪連と県北部酪連がある。前者はかつてニコニコ印牛乳を、昭和48年設立の後者は 「げんき牛乳」(時代的に紙パックのみ?)をそれぞれ商っている(商っていた)。


設立> 昭和27年、広島牛乳(株)を母体として経営を引き継ぎ
昭32> 祇園町西原に新工場を建設・移転
昭34〜36> 広島県西部酪農業協同組合連合会/広島県安佐郡祇園町西原
昭37> 関西酪農協同(株)(毎日牛乳)と企業統合、同社の広島工場となる
昭39> 関西酪農協同は、日本酪農協同へ改称
昭40> 日本酪農協同(株)/同上
昭43〜46> 同上/広島県安佐郡祇園町西原2208
昭50> 同上/広島県広島市祇園町西原2208
昭56> 日本酪農協同(株)広島工場/広島県広島市安佐南区祇園町西原2208
昭60〜平04> 同上/広島県広島市安佐南区西原2-27-30
電話帳掲載> 毎日牛乳/広島県広島市安佐南区西原2-27-30
銘柄廃止> 昭和37年
公式サイト> 広島県西部酪連・広島毎日牛乳としては未確認

処理業者名と所在地は、食糧タイムス社 [全国乳業年鑑] 各年度版による。
創業年等の一部情報は公式サイト他からの引用あり。電話帳掲載の確認は平成19年時点。



漂流乳業