昭和46年、農林省による集約再編指導のもと、県下複数のミルクプラントが合流・新規設立した乳業さん。生産拠点は羽島市(共営牧場牛乳工場の至近)に置かれ、各社旧来の工場は漸次閉鎖、その多くは太洋牛乳の販売店(営業所)となった。
参画した事業者やそのタイミングについては完全に明らかでないものの、まずお膝元の羽島では前述の共営牧場さんに加えて「羽島牛乳」(竹鼻町)に「竹鼻牛乳」(江吉良町)、更に「(株)大垣ミルクプラント」(大垣市南頬町)や「那加牛乳」(各務原市那加桜町)さんなど、最終的には10社規模の企業合同となったらしい。
以来、永らく地元に根付いたものの、平成24年1月末をもって廃業され、「太洋」銘は消滅。販売事業は美濃酪農農協連合会が継承し、同会の「ひるがの牛乳」ブランドへ切り替わった。
(⇒牛乳/あつの2代目車屋奮闘日記)
(⇒学校給食用牛乳の供給業者の変更について/岐阜市立境川中学校)※PDF
◆掲載瓶について
設立時点で既に200ccへの増量移行期(昭和45〜46年)を過ぎており、白牛乳一合瓶は存在しないと見られる。掲載は太洋牛乳さんとしての初代瓶装ではないだろうか?
要冷蔵に加えて「10℃以下」の併記、内容量標示に若干の変更を加えつつ、最晩年までデザインはほぼ同様のまま推移。県下では中堅どころだったが、供給先は宅配と学校・団体施設などの集団飲用向けが中心で、Web上では製品に関する情報が極端に少ない。
― 謝辞 ―
太洋乳業の設立経緯・現況など、kazagasira様よりご教授・ご協力頂きました。
― 参考情報 ―
太洋乳業協同組合の紙栓
(牛乳キャップとは?) / 太洋乳業協同組合の情報
(ごった煮)
同・紙栓
(1) / 同・(2)
(牛乳キャップ収集家の活動ブログ)